青島乃愛より、ご挨拶

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青島乃愛より、ご挨拶

 亭午、白光の線が埃の道を作る悲しき暗部屋で、貴方は目覚めます。微睡みながら、魘された数だけ膨らんだ汗の粒を手の甲で拭い、渇いた心を潤す為に呑みかけのウイスキィで喉を焼きます。次いで煙草に火をつけ、紫煙を燻らせながら、「そうか、いたのか」なんて失礼なことを、隣で眠っていた私に向かって言うのです。瞳に彩やかな花を纏い、小説の切れ端を食べ、気怠さに揺蕩うその横顔が、一体これまで幾つの色を手にしてきたのか、私には図り兼ねます。だって私、お酒と煙草、恋や薬、あとは政治と自殺になんて手を出したことがないのですから、貴方のことなんて、これっぽっちも解るわけがないのです。でも、そんな私だからこそ、貴方は今夜も私を隣に置くのでしょう。年下嫌いの貴方が私を選ぶのは「善良」であるから、とか、貴方は格好つけて申し上げるけれど、私は大変な「不良」ですよ。この間も本屋へ立ち寄り、貴方の名前の本が売られていない事実に独り哀しみながら、太宰を手に取り『姥捨』を、安吾は『いずこへ』を読んだりしてしまう不良なのです。貴方の好きな作品を、私だって愛していますよ。貴方の書く作品の次に、ですけれど。(私には何故か作品を読ませてくれないから、実際私は妄言家でしかありません。ただ、「傑作を書く」という口癖であったり、「僕は岸上大作の生まれ変わりかもしれない」なんていう自惚れた発言から、きっと貴方は優秀な作家になると不思議に確信しています。)応援はしません。素人の私はこっそりと、淑々支え続けることに、私自身も美学を感じておりますから。私、一昨日の晩に長年親しくしていた男性から愛を告げられました。彼は酷く聡明で心穏やかな人だから、私は丁重にお断りしました。別に、貴方を脅しているわけではありません。例えば貴方と出逢っていなくとも、私には不釣り合いな男性でしたので、最初から結末は決まっていました。好きな男がいるのかと彼から訊ねられた時、私は反応に困って、わからない、そう答えました。だって私、貴方のこと、好きじゃないから。愛しているから。わかるかしら。大丈夫。好きじゃありませんよ。安心して。恋に怯える貴方に恋なんてしませんよ。ほんとうに。不良の私については、不良の貴方が一番よく分かっているでしょう。貴方が引き出しを雑に開き、錠剤を押し出して口へ放ります。ほら、ユーロジンだからって、そんなに一気に服用したらまた苦しいですよ。お水も飲んで。貴方は震えながら私の身体に腕を回し、私は赤子を眠らすみたいに頭を撫でてあげます。母性と名の着いた飼育欲。貴方は女の優しさに、物騒な表現をあてがっていましたね。笑える。弱いね。貴方以外の男性は皆、私の欠伸一つで鳴くものですから、まさしく余裕なし、呆れの吐息で気づけば泡と化します。ほら彼ら、肌を一度撫ぜ合っただけで所有した心地になって、憐れに粗悪な唾液を撒き散らしながら私を余所で語るでしょう。勘違いの多い彼らが貴方の正体を知ったら、頭が矜羯羅がってしまうかな。私、何度も貴方の前で衣服を滑らせ誘いましたが、貴方ってば「実は僕にはアレがなくてね」とか嘘を仰って、ねえ、お薬のせいで、慾がないのでしょう。誤魔化しの口づけをされる度、私の尊厳は死んでいくというのに、暢気な人。「その代わり、君が辛くなったら、いつでも一緒に死んであげる」なんて日常茶飯に微笑む貴方。そんな気障な台詞、これまで何人に言ってきたんですかね。でも、莫迦な女たちは死ぬのが怖いから、貴方はこうして一人で生きてしまった。私も女ですからわかりますよ。裏切れる相手との口約束、ポエティックな秘密なんて、女の好物ですから。ねえ、私は本当に一緒に死ねますよ。歯切れの悪い夜であっても、フィロバッドですから。夏に甘い香水を纏う白痴な女ですからね。貴方の望む理想の容姿ではないし、お化粧もまだ若い私だけど、堕落を指折り数える貴方の琥珀な生き方や、紫の爪と伸びた襟足に踊らされる愛慕の狂人でありますし。頚椎に散文を刺し、静脈に小説を流し、溺れ上手な貴方と二人、永遠を誓えます。見てください。私の手首を走る流星の数々。貴方を愛している証です。どうして泣くの。私の手を摩りながら、「僕なんかと出逢わなければ、君は平穏でいられた」とか。ふざけないでください。平穏ってつまり、貴方が揶揄する一般の類語でしょう。私が一般だなんて、さすがに私、怒りますよ。中途半端にしか貴方を愛せなかった、死ねない女と私を重ねないで。あの人たちは、コメ(喜劇)かトラ(悲劇)しか選択肢がないって、二人、笑い明かしたじゃないですか。私たちはファルス(道化)だなって、言ったのは貴方ですよ。私、貴方の為なら全てを捨てれるし、全てを得ることもできる。これまで他人から貰った幸福は窓から庭に投げてもいい。酷い女ですから。何もなくなった部屋で、一人ダウナーにお薬をアルコールで飲む練習もします。でもまず煙草かしらね。机に置かれた煙草を手に取り、徐に唇に挟むと、貴方が火をつけてくれます。「息を吸ってみて」私は言われた通りに細く呼吸をすると、煙草の先が段々と焼けていきました。煙に咽ることはなかったので、口いっぱいに芳香を含んだまま貴方にキスをします。首元に手を回し、斜め下から舌を差し込むような飛び切り甘いキスを、煙草が貴方に触れないよう気を付けながら。あら、そんなに初心な顔もできたのね。私、貴方の嫌いな年下女よ。可愛い人。耽溺な人。悲しい人。愛しい人。私は貴方が作家を目指す理由を生んだ人にも、永遠の恋を手紙で誓われた相手にも、死んでしまった最愛にもなれないけれど、茫々たる刹那を共有できる愚かな不良でいられるから。地獄の一丁目、歩み始めているのですから。世界を驚かせてあげましょう。お葬式で貴方のご友人が、私の名前を耳にして「誰だそいつ」って戸惑う姿が浮かびますね。私は青島乃愛、十月で二十二歳になった東北生まれの雨女です。好物は海鮮全般で、茄子だけどうにも苦手です。趣味は映画観賞で『エンドレス・ポエトリー』が一番好き。視力が非常に悪いので眼鏡をかけています。チェーン付き。とりあえず、ここまで。
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