ビラヴェド・パレード

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ビラヴェド・パレード

 ヴァネッサ、憶えているだろうか。  去年の今頃、僕らは世界一周旅の途中でメキシコに滞在していたね。ちょうど「死者の日」と日程が重なっていて、欲張りな僕らは十月の最後にメキシコシティで大規模なパレードに参加した後、夜行バスに乗り込んで聖地オアハカまで足を延ばしたね。街中、いや、国全体がカラフルで華やかな祭壇に包まれていて、死者の日とは名ばかりに、本当にお祭りといった感じで随分とはしゃいだな。地元のベーカリーに売っていた骸骨を模したパンは見た目に反してバターがふんだんに染みていて美味しかった。二人で一つを分け合ったこと、少しだけ後悔したぐらいだ。夜になるとオフレンダがライトアップされて、橙の照明と風に靡くマリーゴールドの周囲には、亡くなられた方を弔う蝋燭が並んでいたこと、僕はあの、悲しみを吹き飛ばすほどの色鮮やかさを一生忘れないと君の隣で密かに誓ったんだ。優雅なダンスパフォーマンスに魅入られた僕らは、高揚してソカロ広場で骸骨メイクをしてもらったね。ヴァネッサの美しさは、モノクロの骨ばった化粧を施されても相変わらず世界一だったよ。仮装集団がゲリラで大道芸やチェロの演奏をしていて、本当に楽しかった。また来ようと君に伝えようとしたら、君の方から僕に「また絶対行くしかないわね」と言われて、僕は少しだけ泣いてしまったよな。君は何で泣いているのかわからなくて笑っていたけれど、僕はあの世界一周旅行を始めた時には、この旅を終えたら死のうと決めていたんだ。今際を彷徨いながら、君という最愛と幾つもの景色を眺めて、僕の終わりを着実に築き上げていったんだ。涙の零れた頬を拭ってくれた君の親指がファンデーションで真っ白になっていて嬉しかったよ。パレードが終わった後、演者がラテンのリズムに合わせて清掃を始め、その行為に敬意の拍手を贈る観客に紛れて、家に帰ったら部屋の掃除をする際はラテンを流そうと二人で決め事もしたね。スケールの大きいサンドアートの写真、まだ君のフィルムに残っているだろうか。完成度の高いウォールアートに、祭壇のコンテスト。コロナビールと本場の辛みが強いタコス。初めて言うけれど、僕は各国周った中でメキシコが一番思い出に残っているかもしれないな。  なあ、ヴァネッサ。僕はこれから命を絶つけれど、決して悲しまないで欲しい。君が明日を生きるように、僕が今夜死ぬことは不自然なことじゃないんだ。君を置いて、独りにしてしまうことは心残りだけれど、もし、覚束ない夜がきて、眠れぬ君を苦しめるようなことがあったら、あの日のパレードを思い出して僕の思い出と踊ってはくれないか。さよならは言わないでおこう。君がこちらに来てしまった時、気まずさもなく僕と巡り合えるように。愛しているよ、永遠に、深く、限りなく。さあ、おやすみ。ヴァネッサ。
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