大好きな人の腕に抱かれたわたしは、声を上げて少女のように泣きじゃくった

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わたしの年齢は、間違っても少女なんて言える年齢じゃない。 そんなことはずっとわかっている。だけど、わたしはずっと少女のように泣きじゃくっている。 もちろん、表に出したりはしない。あくまでも心の中だけだ。 でも、いつだって寂しくて仕方がなかった。 ただ、あなたに会いたい。 たったそれだけの願いでさえ、叶ってはくれない。 いや、叶えようと思えば、自力で叶えることはできる。でも、それはしない約束をわたしはあなたとした。 それを破ることはできない。そんなことをしてしまったら、あなたに顔向けできないから。 どれだけの期間、わたしはあなたと離れ離れになっているでしょうか。 いつからか数えるのをやめた。 だって、ただただ空しいから。ただただ寂しくなっていくだけだから。 わたしがあなたと出会ったのは、小学生の頃だった。たまたま隣合っただけの関係から始まった。 あなたは覚えていないだろうけど、始まりは、あなたがわたしが落とした消しゴムを拾ってくれたことだった。 さすがにその消しゴムはもう残っていないけれど、うさぎの形をした消しゴムだった。それをあたなは、かわいいね、と褒めてくれた。 お気に入りの消しゴムだったから、うれしく思ったことを、今でも昨日のことのように思い出せる。 その後はただの隣の席の関係で、何もなかった。 関係が変わったのは中学二年生の頃。たまに話す仲ではあったけれど、深い関係ではなかった。けれど、一緒に文化祭の実行委員になったことで、その関係は大きく変わっていった。 あの時は本当に大変だった。 校長先生が代わり、みんなでワイワイ楽しむ文化祭から、研究を発表する文化祭への変更を校長先生が決定した。 提案じゃなく、決定だ。しかも校長先生の一存で。 当然、全校生徒はもれなくこれに反発した。 しかし、先生、それも校長先生が決定したことだ。誰もが諦めていた。もう文化祭は楽しめないと。 でも、あなたは諦めなかった。本気で先生にぶつかり、校長先生に直談判をし、教育委員会に掛け合い、保護者を味方につけ、地域の援護を受け、最後には元の形の文化祭を勝ち取った。 あの勇姿に、わたしは一気に惹かれた。 もちろん、その姿に惹かれたのはわたしだけではなかった。あなたは元々人気だったけれど、一気に学校一の人気者になった。 あなたが通れば、女子生徒はキャーキャーと黄色い声援を上げた。あなたはそれにいつもさわやかに応えていたことを覚えてる。それが嫌味に見えなかったのがすごいって、誰かが褒めていたっけ。 遠くに行ってしまったあなたを、わたしはただただ眺めるしかなかった。 恋心は内に秘めよう。 そんな決心をした折、あなたはわたしに告白してくれたよね。うれしかった。うれしくて、逃げ出した。 そして、わたしは断った。あまりに不釣り合いだったから。学校一の人気者と何の取り柄のないただの女子生徒だもの。 けれど、あなたは何度もわたしにアプローチしてきた。それも周囲が、いい加減、諦めろ、と声をかける程に。 それでもあなたはそれを意に介さなかった。好きなもんは好きなんだ、ってとにかく真っすぐだった。 最終的に、一年後にわたしが折れる形になった。こんなわたしでいいのか、と何度悩んだかわからない。でも、あなたはいつも言ってくれた。 君は君のままでいいんだ。そんな君を僕は好きなんだから、って。 今でもその言葉を思い出すと、頬が火照る。心がむずがゆくなる。 あなたはいつでもわたしを優先してくれた。中学三年生は受験生だったのに、わたしが勉強でわからないところがあるとわかれば、あなたはすぐに教えに来てくれた。すぐに傍に来てくれた。そして、わたしの問題が解決するまで、ずっと傍にいてくれた。 それは別々の高校に行っても、大学に行っても、社会人になっても同じだった。いつでも、あなたはわたしを最優先に考えてくれた。 だから、あなたからのプロポーズの返事に迷うことはなかった。あなた以上にわたしを愛してくれる人なんていないから。両親だって比較対象にならないって思えるほどに。 実際、お父さんは、あなたがわたしに注ぐ愛情に、自分の愛情が適わないなってぼやいてた。 だから、あなたを喪失した時、わたしの人生は終わったも同然だった。 早かった。四十代半ばは早すぎた。 あなたが交通事故に遭ったという連絡を受けた時、わたしは狂乱した。半狂乱じゃない。完全な狂乱。たまたま一緒にお茶をしていた友人たちが必死に止めてくれていなければ、わたしはどうなっていたかわからない。 恐らく、わたし一人だったら、どこかに飛び込んでいたと思う。 でも、そんなわたしを心配した友人たちが、わたしの傍で昼夜問わず、ずっと付き添ってくれた。そのおかげで、わたしは正気を取り戻せた。 そして、あなたとの約束を思い出した。 どちらかが亡くなっても、後を追うことはやめよう。 後を追ってしまったら、それは片方が間接的に殺人者になってしまうから。 わたしは、あなたの元に行きそうになったら、深呼吸を何度も繰り返した。頭に何度も水を被った。そうでもしていないと、また狂乱してしまいそうだったから。 何年経ったかわからない頃、わたしはようやく自分を取り戻した。深呼吸も水を被る必要もなくなった。 それでもいつも寂しかった。あなたに会いたかった。とにかく、あなたに会いたくて仕方がなかった。 あなたにわたしは必要ないかもしれない。けれど、わたしにはあなたが必要だった。 わたし、頑張った。頑張ったんだよ。一生懸命、生きたんだよ! あなたがいなくなってからも、半世紀の間、頑張ったんだよ。 だから、褒めてくれると、うれしいな。頭を撫でてくれると、うれしいな。抱きしめてくれると、うれしいな。 そして、また一緒に過ごそう。ずっとずっと一緒に。 間もなくわたしにも迎えが来る。もうすぐ、わたしはあなたに会える。 死は哀しいものだと、わたしは思っていた。でも、今は違う。わたしは死を待ちわびている。あなたの元へとようやく行けるから。 次第に無くなっていく体の感覚すら心地いい。あなたの傍に行けるカウントダウンが進んでいるように感じるから。 もう、終わる。わたしの体としての人生が終わる。心の人生はとっくに終わってしまっているけれど。 ふっと、体が軽くなるような感じがした。それと同時に、終わりを感じた。 ――ずっと見ていたよ。よく頑張ったね。 大好きな人の腕に抱かれたわたしは、声を上げて少女のように泣きじゃくった。 ~FIN~
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