愛を信じないオメガの選択

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オメガの幸せはアルファと番って結婚すること。 多くのオメガがそう思っている。 社会的弱者のオメガが一人で生きていくのは難しい。だからアルファと番って養ってもらうんだ。 だけど、本当にそれが幸せなのか? 確かに誰でもいいと言うわけではない。アルファだってその力は様々だ。より優秀な方がいいだろうし、心を通わせた相手ならなおいい。 運命のような出会いを果たし、互いに恋に落ちて将来を誓い合う。そしてそれがいっときの衝動ではなく、互いに時間をかけて確かめ合い、育んできた愛の末にあるのなら、それはもうオメガにとっての最上の幸せのはずだ。 だけど、この世に絶対はない。 そして、永遠も。 どんなに固い愛で結ばれても、どんなに永遠の愛を誓っても、それが絶対なんてあり得ないのだ。 運命的な出会いを果たし、ゆっくりと愛を育むこと2年半。そして二人は確かな愛を胸に結ばれた。 番い結婚し、これ以上ないくらいの幸せにいたはずだったのに、それはわずか半年で終わりを告げた。 運命の相手のはずのオメガと結ばれていながら、そのアルファは別のオメガ(運命)に出会ってしまったのだ。そしてあっさり、そのアルファは新しいオメガと家を出て行った。そして過去のオメガは消すことのできない歯跡をうなじに刻まれ、一人寂しく残された。 確かに愛し合っていたのだ。ほんの少し前まで、そのアルファを愛するのと同じくらい愛されていた。それは番うことによって繋がった心で分かっていた。なのに、それは一瞬の出来事だった。 浮気だったらまだいい。 たまには他所に目が行くこともあるだろう。だけど、心そのものが移ってしまったら、それはもうどうにもできない。 オメガにはそれが分かってしまった。気のせいでも勘違いでもない。番だからこそ分かる心の変化。 だからなにも言えなかった。 泣くことも、引き止めることもできず、ただ黙って他のオメガと出ていく番を見送るしかなかった。 馬鹿な女だと思う。 なぜなにも言わなかったのか。少しは反論したら良かったんだ。仮にも番い結婚した相手だ。慰謝料の一つも貰えただろう。なのになに一つ文句も言わず、相手に言われるまま離婚し番を解消してしまった。と言っても、それはあくまでも書類上だ。オメガは一度番ったら、それを解消する事はできない。だからいくら公的に解消されても、うなじの噛み跡は消えず、そのフェロモンは噛んだアルファにしか分からなくなる。つまり、オメガとしては欠陥品となるのだ。 しかも、そのオメガは妊娠していたのだ。それは別れてから判明した事だったのに、事もあろうにそのオメガはその子を生んだのだ。なぜ生んだのか。答えは簡単だ。そのオメガはまだ、自分を捨てたアルファを愛していたからだ。 本当に馬鹿な女だと思う。 結局子供のことは相手に告げず、一人で生んだそのオメガは頼る親もなく一人で育てることになった。けれど学も金もないオメガができることと言ったら、それは夜の商売だけだ。毎夜浴びるように酒を飲み、客の相手をし、昼は寝て過ごす。それでも恋人がいたこともあったが、欠陥品のオメガを相手にする男は冴えないベータか、夜の相手に都合がいいと考えるクズなアルファだけだ。結局女としての幸せを得ることもないまま、いつものように酒に酔っての帰り道、信号無視の車に跳ねられて呆気なく死んだ。 そのオメガ・・・母の死の知らせを聞いた時、オレは泣かなかった。本当なら悲しいのだろう。たった一人の家族が死んだのだから。でもオレの心は冷めていた。そして思った。やっぱりオメガには幸せなんてないんだって。 昔と違ってオメガの社会的地位は向上した。おまけにドラマから起きた社会現象により、『運命の番』が話題になり、『オメガの幸せ=アルファと番うこと』となった。 きっと母もそれに憧れていたのだろう。そして父が本当に運命の番だと信じていたに違いない。だから別れたあとも他の男と付き合っていながら、それでも父の帰りを最後まで待っていたんだ。 だけど父は、本当の『運命の番』ではなかった。
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