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作業着の熟練工、相佐 和喜は、真剣そのものの面持ちで、銀青に輝く立方体の金属をマイクロメーターで挟み込み、左手にアンビルを持ち正眼に構え、右手でラチェットをキチキチと回し
「OK、六面体造りから正確に出来ていないと、この精度は出ないからな。空白期間が長いのに良くやったな。儂の教え方が上手いからだな、ははは」
一転、笑顔となり冗談のつもりで言うが、同じ作業着の中年男性は
「はい。本当にそう思います」
素っ気ない。相佐は怪訝に思い
「嬉しく無いか?此の工場で此れが出来るのは、儂かお前位で…悪い話じゃ無かっただろ?社長には口を酸っぱくして言って置いたからよ」
様子を伺い
「『クズ野郎』だの、何も悪いことしていないのに『自己責任だ!』とか、試用期間のバイトに対してパワハラ三昧で、奴隷みたいな契約書に判子を押させようとする。直ぐにでも辞めたい気持ちですが、一応は契約ですので、満了まで、後2週間、宜しくお願いします」
思っても見ない答えでも、疑う事は無く
「悪いことしたな…折角、ひきこもりから脱して、スーパーの惣菜コーナーでバイトしていたのに、こんな工場に無理に引っ張って来てしまって」
謝罪した
「いえ、いっそ清々としました。社ちょ…いや相佐さんには絶望的な就職難の時代に拾って頂いた御恩がありますので、お誘いに馳せ参じましたが、此れだけの仕事をして見せても、此処の社長は『お前なんかは、此の工場を出たら何処にも雇って貰えないぞ!』でした。此の工場は副業で、スーパーの惣菜コーナーは辞めていませんし、『副業は認めない!』って怒鳴られますと、もぅ副業を辞めるしか…」
「そうか…」
「でも相佐さんには感謝の気持ちで一杯です。二度とやる事はありませんが、縦フライスでは最難度の精度が求められる仕事を、黒皮の鋼材からの六面体造りから始めて、御指導で遣り切れた。機械加工の技術より『僕は駄目人間じゃ無い』その事を教えて貰いました」
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