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土鍋はふつふつと音を立て
「困る工場も有るんじゃ無いですか、嘗ての取り引き先から、貴方の技術を求めて、現在の工場に仕事が来るのでしょう?此の先『誰にも作れない』何て事になったら…」
老妻は不安げで
「儂は手を打ったつもり。技術の承継は良いけどさ、儂としても教えるのに誰でも良い訳ではないし、『給料は惜しみませんので有望な人材を知っていたら連れて来て下さい』って言うから、無理を言って引っ張って来たのに…」
相佐はスーパーのパックを差し出し
「美味しい!何の変哲も無い唐揚げかと思ったら、もう冷めているのに衣のカリサク感が失われていない。薄い塩味に忍ぶ…此れは!うま味調味料ね、グルタミン酸と鶏もも肉のイノシン酸の相乗効果。揚げたての偽物では無い、冷めても、でも無い。冷めてこそ美味しい、もう1つの本物!」
感嘆に
「それは此れさ!」
声を高らかにする
「米粉と片栗粉!此の2つの異要素混合が衣の秘密。唐揚げと名乗っても、味醂や醤油に生姜に丁子等で下味を付けた、竜田揚げの如き唐揚げの紛い物が横行する世の中で、此れは正にザ唐揚げ」
「弟子が一人前の仕事をしている、こんな幸せはない。人間の好きって凄いんだ、好きこそ物の上手なれと諺にも言うだろ」
「英語では何と言いますか?」
「あ~あぃ、I improve because I like it. かな?上手になる何故なら其れが好きだから」
「あの子がねぇ」
染染と唐揚げを頬張る
「優しくて頭の良い男だっただろ、最初か斯うなる事は分かっていて『相佐が連れて来た男は箸にも棒にも掛からない』では、儂の面目丸潰れだから、嫌いな仕事でも儂の為に努力して頑張ってくれたんだ。年齢相応以上の工場での地位と賃金が約束されたなら、教え込んで儂は引退の運びとしたかったのだがな…」
「私達の工場が続けられたら良かったのですけどね」
「家族経営の零細工場ではな、買収の話も一寸呑めない条件だったし。借金を残さず社員には退職金も支払えて、潮時だったんだ」
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