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「白菜がとろりと溶ける様な甘さで、山口さんも、田舎に帰って上手くやって居るわね」
老妻は相佐が取り分けた土鍋の具材と共に、今度は提子に入れた酒を湯煎にした人肌燗で、きゅっと呑む
「農家の倅で、地元の農林高校卒業して季節工やったり苦労して、何か工場で機械工なんかやって得るものが有ったのかな?野菜を持って来てくれたり感謝されてるみたいだが」
「感謝されていますよ。はい、貴方、お酒が進んでいませんよ」
「ばあさんが進みすぎだろ」
言いつつ猪口になみなみと注がれた酒を飲み干す
「この銚子に猪口も『陶芸家に俺は成る』って、清水の作品だ。好きな事を出来るってのは良いな。儂も和食の板前になりたかった」
「勝手に勤めていた工場を辞めて、若い妻と幼い子供を日本に残して米国に渡って、三年も帰って来なかった人間の言葉にも思えませんね」
「あの頃はさ、何もかもが米国こそ世界一だったんだ。勿論、機械加工の分野でもだ。日本全体が米国に『追い付け!追い越せ!』と、やっていて、日本の工業製品が世界を席巻しようとしていた。世界一流の技術を身に付けるまで、半端で帰って来れないだろ」
「大変でしたよ。全く」
「苦労を掛けたな」
「寂しくなりましたね。貴方の弟子達は、皆、金属の機械加工とは全く違う仕事に就いてしまって」
「happy worker is good worker. と、言ってな」
「幸せな労働者は良い労働者…ですか?」
「うん。では unhappy worker 不幸な労働者は?」
「ば、悪い労働者」
「儂の弟子の誰かが、工場の為に生け贄になって、機械工の仕事に就いてもだよ、幸せでないと良い仕事は出来ない」
「然ういうものですか」
「然ういうものだ。でも良いのか、若い連中に技術的な事を教えて、万が一にも誰かが難しい仕事を熟せる様になったら、儂はお払い箱だ。態態、苦労して自分の立場を危うくする馬鹿が居るか?年金だけでやっていけるか?」
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