始まりは戦乱の世 南米へ渡る 

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始まりは戦乱の世  南米へ渡る 登場人物 梶原修一郎       坊やと呼ばれる【竹ノ内】の継承者 ペドロ 自称 観光ガイド セバスチャン ペドロの弟 5年前に死亡 ドミンゴ兄弟 マルコス一家の悪党 パイプのレオ ドミンゴ兄弟の兄貴分 カルロス・オリベイラ 弁護士 ボッカ スパーリングパートナー ジョ― スタイナー クレーベル財閥のビジネスマン 師範 ガレジリアン柔術の達人 梶原修一郎は近藤6段との実戦経験から自らの進むべき道を熟慮、 後顧の憂いも無くなった今 海外雄飛。 南米ガレジリア共和国の首都マリ市中央駅に国際列車が到着し一人の若者が降りてきた。 白いシャツに黒ズボン 旅行カバンと小ぶりのスポーツバッグを手にゆったりと歩いている。横顔が5年前に死んだ弟セバスチャンに少し似ている気がする。 俺の名はペドロ 仕事は観光ガイド、とは言っても何の資格も無く自称で、周りは{ポン引き}と呼んでる。 客(カモ)がいない時は、頼まれた小荷物や手紙をバイクで運び飯を食っている。景気が悪い時は、知り合いの{置引き・スリ}の手伝いもする小悪党であることは認める。 (カモ)ってやろうか迷っているうち、その少年とも言える若者にドミンゴ兄弟が近づき話しかけ始めた。 あいつらはマルコス一家の悪党で、ガイドでもポン引きでもない強盗・追剝ぎの専門家。そいつらについて行っては駄目だが、親し気に3人でドンドン西出口へ向かう。 「知り合いなのか?そんな筈ないだろ」と ジッと見ていると 「おいペドロ、今日はここで稼ぐ積りか?」と声を掛けてきたのは、弱い者いじめの得意な防犯巡回指導員のオッサン。 「違いますよ。従兄弟(いとこ)の見送りに来ただけで・・」 「用が済んだのならさっさと帰れ」 「今帰るところですよ。それよりドミンゴ兄弟をあっちで見かけましたよ」と指差すと オッサンは 「ドミンゴ兄弟?うーん」 こいつは怖がって関わりたくないのだ。 「俺はこれで」と東出口へ向かう、オッサンはそれでも少しは気になるのか、ゆっくり西出口の方へ行った。 俺は仕方なく駅を出て外で時間潰しの一服、もう一度構内へ戻る途中タクシー乗り場を見ると、あの少年が旅行カバンとスポーツバッグをタクシーに運び入れるところ。 「あれっ」、どうやってあの悪党どもから逃れてこれたのか、不思議に思い近づくと「ホテルグラマド」と、運転手が 復唱するのが耳に入ってきた。 数分後西口辺りがざわつき、何人かが口々に話しているのが聞こえてくる。 「こんな所で酔っ払いが二人寝てるぞ」 「いや酔っ払いじゃない、気を失ってるんだ」 「こいつらドミンゴ兄弟だ、関わらない方がいい。放って置こう」 それを聞いて、俺はあの若者の仕業なのか大いに興味が湧いてきた。 「とに角、明日からくっついてみよう、どうせ暇だから」 あくる日は、バイク便の仕事は午前中に終わらせ、高級ホテルグラマドへ向かう。丁度、白シャツに黒ズボンの例の若者が外出先から帰って来たところだ。 また出てくると見当を付け見張っていると、ゆったりした白のジャージに着替えて地図らしきものを持って現れ、そのままバスで昨日(きのう)到着した中央駅に向かった。 俺が先回りして待っていると、降りてきた彼は、昨日の事など何も無かったように西出口から外へ出た。手元のメモを見ながらスタスタ西へ西へと。 突き当りは川だが 「一体何処へ行く?このまま大橋を渡り左へ行けば良いが、右へ向かうと心配だな」そちらはマルコス一家の縄張りが近いのだ 「オイオイ右へ行った、これはマズイな」 メモを何度も見直し、左へ右へとドンドン奥へ入り、マルコス一家の縄張りの真ん中に。 「こんな所でそんなに目立つ白のジャージ姿でうろつけば、ドミンゴ兄弟達に直ぐ見つかる。何をしているんだ。気を付けろ」 その不安は的中、いつの間にか5人の奴らに取り囲まれている。 そのうえ『パイプのレオ』と恐れられている男が加わった。 パイプと言っても煙草ではなく鉄パイプの方だ、こいつはこれを武器に何度も相手に重傷を負わせている危険人物。 レオが黙って鉄パイプを白いジャージに振り下ろした。俺は一瞬目をつぶった、「ギャー」の叫び声と鉄パイプが転がる音に、目を開けるとレオが倒れ痛みでもがいている。 周りの男達があっけにとられている隙に、白いジャージが俺の潜んでいる方向へ全力疾走。 「ポリシア(ポリス)!」俺は咄嗟に声を張り上げた。 追手の足が止まり白いジャージと少し距離が広がった。俺はバイクを近づけ 「乗れっ!」引っ張る様にして彼を荷台に乗せフルスピードで逃げた。追手の声が聞こえなくなっても安心出来るまで1時間位走り、ようやく止まりカフェで一息ついてから 「何故あんな所へ行ったんだ?ドミンゴ兄弟に謝りに行ったのか?」 の問いに、彼は何も答えず俺の顔を見ているだけだ。 「俺の名前はペドロ。観光ガイドやってる。」自己紹介しながら俺も彼の顔をジッと見る。思った以上に若くまだ少年の印象 「君の名前は?それに随分若く見えるが何歳(いくつ)?」 「僕は、シュウイチロウ カジワラ 18歳です。危ない所ありがとうございました。」と少々たどたどしいポルトガル語で答えた。 「長い名前だな。俺には覚えられんよ。それに18歳とは若いな。まだまだ 坊やじゃないか」 「・・・・」 「もう一度聞くが、あの場所へドミンゴ兄弟に会いに行ったんじゃないだろ?」 「ドミンゴ兄弟?」 「そうだよ。坊やが昨日駅でやっつけた悪党たちだ」 「そうなんですか?知らなかった」 「じゃ何しに行った?」 俺の質問に坊やが下手なポルトガル語で話した事を要約すると 坊やは 柔術【竹ノ内】という武道を鍛練しているが、日本では【竹ノ内】は危険すぎると禁止されて試合は出来ない。 しかし南米の国々では、よく似た武道がスポーツとして認められ公式大会が実施されている。 そこで自分の実力を知り、新たなる技を身に着ける機会を得たいとこの地へ武者修行に来た。 早速今朝、ホテル近所の格闘技道場2ヶ所訪れ、どうすれば試合させてもらえるか尋ねたところ、まずこのジムに入会し流派の基本理念を学び怪我予防の練習を重ねるのが必修と告げられた。入会しないで、なお試合を求めるならそれは{道場破り}と言われ、このジム全員が敵になると追い出された。 もう1ヶ所の道場でも同様の扱いだったが、近々総合格闘技大会が開かれるのを知る事が出来た。 主催者事務局へ直接参加申し込みに行ったが、規約上、既に登録されている団体か道場が推薦した代表選手1名のみ参加可能で個人参加は認められない。ほぼ全ての代表選手名は届け出済み、ある一つの道場だけが遅れているとも知らされた。 坊やは勝手に、今からでもその道場の代表選手になれればと考え、地図を片手に道場を捜していたら迷子になり、訳も判らないまま連中に襲われたとの事。 「もう一度捜しに行きます。」 「やめとけ。とに角俺がその道場に電話で坊やの希望を伝えてやるから。」だが結果は予想通り散々、相手の返事は 「無関係で他流の人間が何を言ってる。我が道場最強選手は決定済み。なめるんじゃない!」と一喝。それを聞いた坊やは大いに落胆、その様子が弟セバスチャンにそっくりで、可哀想になり 「それ程試合がしたいのか?」 「その為にここにいるんです」 「よし分かった。俺が何とかしてやろう」思わずの安請け合い(俺の悪い癖)に坊やは大喜び。 「俺が直ぐ連絡できるホテルに移ってこい。心配するな俺は良心的なガイドだ、割安な宿を紹介してやる。そこで大人しく待ってろ」 ホテルを移って2日後 「俺だペドロだ。迎えに来た、用意は良いか?」 出て来た坊やの格好は、青い柔道着の様だが少し袖口幅が狭く、ズボンの生地は厚く裾は絞られ細身。 「他の連中は、掴まれると不利だから上半身裸、下はタイツかトランクスだ」と教えてやると 「これが僕の流派では正統な道着です」 本人が良ければこれで良しとする。 連れていった先は、簡便なリングが設置された古いビルの奥まった一室。 「ここが試合場ですか?」 「そうだ」 「なんだか観客が既に興奮してますね?」 「皆、金が賭かってるからな。」 「ええっ⁉」 「ここは闇ファイトと呼ばれている博打場で、ボクシングや格闘技に金賭けて楽しむ場所だ。勿論非合法だけど、あっちこっちで時々やってる。 警察の手入れは滅多にないので、坊やは試合頑張ったらそれで良い」 坊やの相手は、実績があるキックボクサーと決まり、観客から 「勝負が見えて試合にならない。賭けは成立しない」と不満の声。キャリアも体格も圧倒的に不利。胴元から 「お前が連れて来たのだから、責任取って全部お前が受けろ」 ええっ!そんなと思ったが、断れば袋叩きの末、追い出されるだけで渋々承知する他ない。 もし坊やが負ければ、冗談抜きで俺の身体はバラバラにされて、何処かへ売り飛ばされる。そんなのゴメンやから坊や頑張れと必死で祈り続けるばかり。 ゴングが鳴った。キックボクサーは自信満々パンチ キックの雨(あめ)霰(あられ)、一方的に攻め続けて2分過ぎ、攻め疲れたのか少し動きが止まったと同時に、坊やの右拳(こぶし)が真上に突き上げられ下顎に「ガツン」と音が聞こえる程のアッパーカット。 これで勝負あり、相手は担架で運び出された。観客の大歓声より俺の「ほっ」とした気持ちの方が大きかった。 大金を受け取り、2人帰ろうとすると、胴元が近づきニヤッと笑い 「命拾いしたな。もう一儲けしないか?あと一試合、ギャラは弾むぞ?」 「もう結構。お陰で充分稼いだから、冷や汗も十分。坊や帰ろう」と 促すが 「僕は出来れば・・・・・」 坊やにすれば、やっと巡ってきた貴重な機会なので惜しいらしい。 胴元はすかさず 「そう来なくちゃ、次はもうちょっと手強いのを用意してやるからな。兄ちゃん」 坊やの目が光った様に思え、本人が望んでいるならと承諾。しかしもう賭けは受けない、と念押しした。 2戦目の相手は、体重が2倍ぐらい身長差も10センチありそうなプロレスラー。 相手は身体を生かすグラウンド戦を狙い、道着を掴み寝技に引込み関節技絞め技で攻めてきた。マウントを取られるとマズイと分かっている坊やは、スルリスルリと抜け出し決め手を与えない。 この試合賭け率はほぼ互角、観客はそれぞれに大声援。 観客の中に1人だけ妙に静かな男を見つけ、少し気になりその場を離れ、外を見ると沢山の警察官が居る。見る間にリングの部屋に殺到。 「動くな。警察だ。大人しくしろ!」の怒鳴り声。 坊やの事は気になるが、俺は今、懐に大金を持っている。ここで捕まると胴元のギャング仲間と間違われる。サッサと逃げ出し家へ帰って横になって考えた。 例え捕まっても、坊やは少年でおまけに外国人、一晩ブタ箱で過ごしお説教を喰らい明朝には放免釈放されると、無理矢理思い込み眠りについた。 翌朝、手入れを実行した地元の警察へ行くと、昨夜検挙された連中が釈放され歩いている。 「青い道着姿の若者の事を知らないか?」と聞くと 「あー、あの兄ちゃん一緒に捕まったけど、ここには居ない」 「もう釈放されたのか?」 「違う違う、昨日(きのう)は沢山捕まり過ぎて、ここのブタ箱に入りきれなくて川向こうの、オエシ(西)警察へ連れていかれた」 オエシ警察はマルコス一家の縄張りに近いので、また嫌な予感がしてきた。 直ぐそっちへ行き、釈放され出てきた連中に坊やの事を聞くと 「詳しくは知らないが、何か騒ぎを起こして昨夜(ゆうべ)の内に本庁へ移されたみたい」 又、嫌な予感が的中した様だが、取り敢えず本庁へ向かった。考えてみると俺がこのまま乗り込んでも無駄だ。本庁は、とに角手続きが厳正でうるさい。うっかり立ち入ると俺も捕まりかねない。 そこで仕事仲間がいつも頼っている、弁護士のカルロス・オリベイラさんに事情を話し調べてもらった。表で待っているとオリベイラさんが案外早く出てきて 「君の友達、昨夜オエシの留置場に先に入っていた3人組と乱闘になって、大ケガ負わせたそうだ」 「そいつらマルコス一家と違いますか?」 「何だ?知っているのか。奴らと以前からトラブルがあったのか?あの少年の言葉は少し判り難いし、まあそんな訳で今はまだ傷害容疑で取り調べ中、直ぐには出られないな」 「何とかなりませんか?相手は悪党のチンピラ3人、こっちは善良な少年外国人」 「闇ファイトの件もあるし、善良かどうかは何とも言えないが・・・一応正当防衛で押してみるか」 「手間賃は弾みますので、是非お願いします」 約1時間後オリベイラ弁護士は1人で出てきて 「もう直ぐ出てくるから安心しなさい。ただ警察から『次にこんな事があれば、これぐらいでは済まない』と、言われたから気を付ける様に。それともう一つ念の為」と続けられた内容がショックだった。 弁護士が去って程なく坊やは出て来た。マルコス一家に見咎められる前に急いでホテルへ連れ帰った。 「坊や、済まない 本当に済まなかった」 「何を言ってるんですか。僕は感謝しているです。お陰で貴重な体験を2試合も出来たのですから」 「そう言われると、余計に謝らないないといけない。本当に済まない」 「釈放されて終わりではないのですか?」 「弁護士から『次、捕まえられた時は国外追放』と警察が言ってる事と、もう一つ・・・俺は今までは興味が無かったので知らなかったが、去年5月に国は、八百長防止策としてライセンスを持った者だけが公式大会に参加できる、スポーツライセンス制を敷いた。 そこには『ギャンブルに関わった者は欠格』と書かれているらしい」 「と言う事は、僕は今後一切公式リングに立てないってことですか?」 「残念だが、そうなんだ」 「闇ファイトも次は国外追放になるのでしょう?だったら僕は・・・」と、頭を抱えて落ち込む坊やに 「落ち込むな。修行だったら、例えば近隣の国でも格闘技の盛んな所はある」 「でも、この国程盛んな所は他にない。中途半端に他へ行くのは・・・」 「そうか・・・。参考になるか慰めになるか判らないが、これも弁護士に教えられたのだが、公式試合は無理だがスパーリングパートナーならリングに立てる」 「それはどういう事ですか?」 「大会間近になると試合形式の練習をするが、この時真剣に戦えば格闘技だから大ケガの可能性がある。手加減しては意味が無い。そこで防御が巧みで、おまけにタフな相手が求められる。殴られ蹴られ絞められても耐えなければならない辛いハードな仕事だが、これならリングに立てる」 「僕、やってみます。受けるのも修行です」 「そう言えば、闇ファイトの時も初めは守りに徹していたな。あれも作戦だったのか・・・成程そういう事か」 「ペドロさん この事、手配お願い出来ますか?」 「よし、坊やの覚悟分かった。引き受けよう、今日から俺は坊やの正式マネージャーだ」 知らない事ばかりのマネージメント業だったが、何とか小さな格闘技ジムと話がつき、二人で行くと値踏みする視線。無理もない、坊やは小柄で妙な道着姿の若者。疑わし気なジムの会長は 「この子なのか?」 「はい、そうですよ」 「大丈夫か?スタンドとグラウンドで各3分だが?」 相手は鍛えられた立派な体格。 ゴングと同時に自然にローキックを放ち、パンチ・キックの連続攻撃、中々鋭いが坊やは全部見切って完璧な防御。攻め疲れが見えたところで1ラウンド終了し、闇ファイトの初戦と同じ場面を見せられているようだ。 相手はセコンドに何か訴えているが、再びゴングが鳴りグラウンド戦になった。これも前の闇ファイトと同じく関節技・絞め技決まらず、マウントを取っても直ぐに入れ替わられ終了ゴング。 相手陣営は何事か話し合っていたので、次回の打ち合わせだろうと見ていると、会長がやってきて 「お疲れ。この若いの凄いな⁉」 「そうでしょ。次は何日(いつ)にしますか?」 「それがだね・・・言いにくいが今回限りと言う事で」 「どうしてですか?最高の練習相手でしょう?」 「良すぎて練習にならないと、うち選手が言っている『あんなのと比べたら自分は全然未熟で格闘技に向いてない、もう辞める』と言うんだ。何とか宥め翻意させたが、困ったもんだ。そんな訳で仕方なく・・」 俺たちはちょっと割増のギャラを貰い帰るしか無かった。帰り道 「なあ坊や、少しやり方を変えられないか?」 「どんな風に?僕は精一杯やったんですが」 「その精一杯が問題らしい」 「・・・・」 「少し相手に花を持たせ、クリーンヒットや技を決めさせてやるのはどうかな?」 「まともに有効打や技を決めさせないといけませんか?そう見えるようにするだけでは駄目ですか?でないと、反射的に反撃してしまうのです」 「そんな器用な事が出来るなら、その方が良いよ」 それ以降は、巧みに相手を気持ちよく練習させ、徐々に口伝えで評判は広がり、大会が迫ると依頼は増えた。 その多くのスケジュールをこなせるのは坊やが肉体的なダメージを受けていないからだ。同じ様にライセンスも怪我の保障も持たず、この仕事をしている連中は使い捨てにされ減る一方。 大会も無く暇な時、坊やはスパーリングで知った各流派の得意技を習熟するべく、修業に励み充実した日々を過ごした。 1年過ぎたある日、破格のギャラで依頼して来たのは、完全ルール無制限最強と呼ばれている格闘技 バーリトゥードの道場。今回の大会では一般ルールに則り戦う契約で参加が決まったそうだ。 俺はギャラが多過ぎるのが気にいらないので、断ろうと思っていたが、坊やは 「やります、やらせてください」 その道場は意外に大きくジム会員も多勢、なのに日雇いパートナーは何故必要なのか 「練習相手には事欠かないでしょうに、わざわざ高いギャラを?」 「ボッカ(今日の相手)とレベルが違い過ぎるんだ」 現れたのは、その凶暴さを隠そうとしない奴 「念の為、ルールは一般格闘技ですね?」 「ああそうだ、間違いない」と断言。スタンド2グラウンド1で各3分の契約。 何時ものように青い道着姿の坊やがリングに上がると、周りの全員が見下した目で面白がるのが感じられた。 ボッカの準備運動を見て坊やが俺に囁いた 「今迄の相手とは違います。見せ掛けだけでも反撃しないと無理です」 「それならそうするべきだろう」 ゴングは鳴った。舐めた態度でキックパンチを出してくるが、怪我させる事を気にしていないのが丸わかりの攻撃。さすがの坊やも軽く受け流せず懸命に防御しているが、ダメージを受けた。 心配になり声を掛けた 「坊や やれるか?」 坊やは、こちらに「うん」とばかりに一つ頷いて左拳を振り、ボッカの鼻先をかすめる。ちょっと驚いた様子で少し慎重にローキック数発、強烈なミドル ハイキックと繰り出すがことごとく空を切らせ、坊やも機を見て接近右ストレートを相手の顔面スレスレに放った。 それ以後も攻撃的ブロックや鋭いパンチでボッカをひるませた。 次のラウンドも同じ状態だったが、半ば過ぎからボッカはまた強引な攻めを再開。坊やの攻めが見せかけとバレ、再びダメージを蒙(こうむ)り出したところで第2ラウンド終了。 次はグラウンドだが、寝た状態でも関節技・絞め技の間もキックパンチを警戒防御、これまでの相手とは比べものにならない。何度も危機はあったが何とか体をかわし防いでいる。 ボッカがイライラしているのは目に見えて解る、と その時、道着の襟を掴み上に乗り顔を近づけ左耳に嚙みついた。 「馬鹿!何をする 止めろ‼」と俺が叫ぶ前に坊やの右手刀がボッカの首を打った。その一刀でボッカは失神。 リングに飛び上がった俺は坊やの傷を確認 「何やってるんだ」リング下の会長を怒鳴りつけ 「終わりだ。サッサとギャラをよこせ、俺達は帰る」 「すまん、誠に済まない、金は払う許してくれ。ボッカにも謝らせる、ついカッとなって頭に血が登り、普段の戦い方が出てしまった。オイッ ボッカお前も謝れ!」 息を吹き返したボッカは、済まなそうに俯きながら近づき手を出して握手を求めた。 それに応じた坊やの右眼を左手で目潰し、一瞬反応が遅れ除け切れず指先が眼尻に当ったが、坊やはボッカの右腕を引き寄せ背後に回り右肩に再び左手刀を一閃。バキッと異様な音に続き獣の咆哮の様な声が響き渡り、ボッカは倒れのたうち回っている。後で聞くと右肩腱板断裂の大ケガだった。 会長以下全員が身構え 「なんて事する。うちの大事な選手を殺す気か⁉」 「悪いのは そっちだ!」と大声で応酬、一触即発。 「見苦しいぞ!静かにしろ会長!」ドスの効いた鋭い声。見ると銀髪に高級そうなスーツ姿の中年男性が立っている。 「しかしスタイナーさん」反論しようとした会長に 「馬鹿者 気安く名前を呼ぶな!」と一喝。場の全員がひれ伏すように押し黙ってしまった 「済まなかった、全く面目ない」彼は俺達に謝り、会長にギャラを渡すよう命じた 「それから、これは差し当たりの治療費です。足りない分は言って下さい」と分厚い札束を差し出し 「今直ぐ、第一病院(最新設備・最高医療で有名)へ向かって下さい。私の方から連絡しておきますので私の車を使って下さい」 俺達はその言葉に甘えて病院へ、この国では普段考えられないスピードで耳の縫合手術・眼球検査を終へ特別室入院と、驚くばかり。 翌日、例の紳士 ジョー・スタイナーと名乗る人物が見舞いに現れ 「何か入り用の物があれば言って貰いたい」と自己紹介を兼ねて丁寧で親切な申し出に 「俺はペドロこっちの若いのは、シューなんとかって長い名前で、俺は坊やって呼んでます。最高の病院へ入れてもらって二人共充分満足しています」 その日以降、毎日見舞いに来て、坊やとは専ら武道の話、俺とは世間話を中心に楽しく談笑したが、彼の正体は相変わらずハッキリしない。しかしある日、テレビのニュースでマルコス一家が消滅した事を知った時、彼スタイナーさんの力の大きさに驚き恐れを抱いた。何故なら、僅か2日前に坊やとマルコス一家のトラブルに触れたばかりだったからだ。 坊やは入院中もトレーニングを続け、身体の維持強化に努め励んでいたが、眼帯が取れるまでは 「遠近の距離感が難しいです」と戸惑っていた。だが数日後、抜糸も済み眼帯を外せて喜んで退院。 その日来てくれたスタイナーさん 「おめでとう。ところで早速だが、回復したらスパーリング頼みたい選手がいるので連絡くれないか?勿論あのボッカのような馬鹿者ではない。れっきとしたガレジリアン柔術の師範なんだ。リングも正式なのを準備する」俺はどうせ断れないと思い 「承知しました。ただ無理はさせたく無いので、少し日数を頂きたい」と返事した。 10日後、俺達が迎え入れられたスタイナーさんの別邸地下室には闇ファイトより立派なリングが据付けられていた。 坊やより大きな、鍛えられた体格の人物で、この国一番競技人口の多い武術の師範が本日の相手だ。 互いに紹介を終えて、相手の希望で5分間と少し長めのスパーリングが始まった。 とりあえず軽く小手調べ、坊やが防御で相手の攻撃をかわす何時ものスパーリング。スタンド・グラウンドとまるで両者はダンスを楽しんでいる様に見えていたが、どちらともなく少しずつ真剣度が増し、師範の左フックが何発か坊やの右顔面を捉(とら)える様になり、坊やはグラウンドの方が守り易いと思ったか、姿勢を低くし寝技に誘導。さすがに師範は寝技も一級品、何度もマウントを取られ苦しめられたが、それでも決定的に負ける事は無かった。 ラウンド終了ゴングですれ違いざま師範が坊やに何か囁いたが、俺には聞こえ無かった。 「何を言われた?」 「いえ、特には・・・」 その時スタイナーさんが、一つ「うん」と頷いた気がする。それにこれ程坊やの気が充実して来るのを見るのは初めてだ。これで俺は何が起こるか気付いた。 再開のゴングに伴い両者は拳を合わせ本物の試合が始まった。 師範は、いきなり坊やの右顔面に狙いを定め、ガードもろとも破壊するような左ハイキックで攻めてきたが空振り。ならばと、今日何発も当てている大きな左フックを振るう、と見せかけるフェイントからの右ストレートをガラ空きのボディーへ叩き込んだ。 しかし、鋼鉄の様に鍛え抜かれた坊やの筋肉に弾(はじか)れ、訝しげな顔。その瞬間、師範の右腕は引っ張られ身体は左に流れ、坊やが背後に。 ボッカの時と同じ状態、左手刀が右肩へ。 あの時と違いそれは優しくポンっと落とされた。 「参った」師範の苦痛の呻き声、と同時に坊やが師範の右腕を肩に押し込む流れるような動作、これで師範は元の穏やかな顔に戻った。 まるで何かマジックを見ているようだ。 スタイナーさんもリングに飛び上がり不思議そうな顔で 「何をしたんだね?」 「脱臼した肩を元に戻しました」と冷静な坊や 「ブラボー、ワンダフル 素晴らしい」大喜びのスタイナーさんの声が部屋一杯に響き渡る 「ペドロ、彼は天才じゃないか?そうだろ」 「そうですね。俺もそう思います」 「こんな天才を世に出さなくてどうする?ペドロ」 「ええ、でも坊やはライセンスが取れないので、公式の試合に出られないです」 「そんな事は問題ない心配するな。私に任せろ」 しかしいくらスタイナーさんに力があっても、法律を変えさせられないはずだが・・・・。 食事に招かれた俺達二人が聞かされたスタイナーさんの話は想像を超えた。 この国は4つの財閥系団体で仕切られて、彼自身はその一つ【クレーベル財閥】の理事長に仕える人物。4団体は、争う事なく友好関係を保っていく為、持ち回りで総合格闘技大会を秘密の場所で特別な人達 数10名だけを集め開催している。 非合法だが決して外部に漏れない様に秘密保持は徹底。例え漏れても(俺なんか噂も聞いた事がないが)彼らの力が大き過ぎ、事実上捕まえるのは不可能だそうだ。 各団体1名選抜のトーナメント式、時間無制限無制約ルール1本勝負の危険な試合。 賭け金自由のギャンブルで優勝賞金も莫大だが、優勝者を出した団体には今後2年間、様々な機会に微妙な優先権が与えられる、これこそが最大の賞品。 そんな大会へ、坊やに是非自分達の代表選手で出場して欲しいと請われた。 今日のスパーリングもその選抜戦だったそうで、師範が第一候補で第二候補があの嚙みつきボッカだ。ボッカを倒した時から坊やに目を付け、最高待遇で準備を進めていたとは、本当に恐ろしい人だスタイナーさんは。 坊やは根っからの戦闘士か、それとも武道の奥義を極めようとする修行者なのか、あっさり引き受けてしまった。 決戦前日、俺達はスタイナーさんお迎えの車で目的地に着いたが、目隠しされているので場所は判らない。立派なトレーニング器具も完備の豪勢な広い1室に入れられ、スタイナーさんに 「ペドロ 君はこの部屋から一歩も出てはならない。必要なものは全部揃っているはずだ、足りない物が有れば用意する」 観客にも会わせない為だ。俺は坊やの帰りをこの部屋で待つのが仕事だそうだ。俺はスタイナーさんの顔以外拝めない、徹底した秘密保持策が取られている。 ドアーが開きスタイナーさんが坊やに 「試合の時間だ」と告げて連れて行った。 部屋で待つだけの俺は、悪い方へ考えが行くのを抑えるのに必死だった。 特に、ボッカに傷つけられた右眼はあまり良くない事を、坊や本人は知られないようにしている積りだろうが、四六時中一緒に居る俺には分かっている。視野が狭くなり、相手の左側からの攻撃を除け切れない事がある。 見破られない内の短時間勝負が絶対だが・・・。どれ位時間がたったか気になり出した頃、スタイナーさんが坊やを連れ帰った。 「大丈夫か?」の俺の問い掛けに、スタイナーさんが 「彼は勝ったよ。少し打たれたがグラウンド戦に引き込み、相手の足首を固めてギブアップを見事に取った。お客様も大喜び勿論うちの理事長もね。次の決勝も頼むよ」上機嫌のスタイナーさんが居なくなったところで 「本当に大丈夫なのか?やっぱり打たれたのは右側だな」 「見えにくい外側からパンチが来て、まともにやられました。 フラッと倒れるフリして相手の足にしがみつき、寝技で決めることが出来ましたが危なかったです」 「ひょっとすると次の相手は、坊やの弱点を観客から知らされ早い段階で見抜くかもな。どうする?」 「左回りで右を堅(かた)め、短時間で終わらせるよう頑張ります」 「不戦敗でもいいんだよ。こっちは怪我を抱えてるんだからな」 「契約して一度リングに上がった限り、闘います」 「時間だ」と スタイナーさんが連れていって、俺の不安は初戦より大きく、ジッと座って居られない。部屋中グルグル歩き回り、手当たり次第に用意されている食べ物飲み物を口に放り込んだが、飲み込めず吐き出し部屋を汚してしまった。 先程より余程の時間が経過、遠くから歓声が小さいながら聞こえた。 間もなくドアーが開き2人が入ってきた。 坊やの顔面は腫れ上がり右眼尻から数筋血が流れているのを見た俺は、震える声で 「よく帰って来た。早くここへ」と座らせ、痛め付けられた身体全体を氷で冷やし、特に右眼を入念に見て 「大丈夫か?もう終わったんだから帰ろう」 「凄い闘いだった」とスタイナーさんは言い、続けて 「坊やはまた勝ったんだ。相手は2倍の体重で筋肉の塊みたいでタフな奴だった。倒れても倒れても起き上がり向かってくるんだ。 彼も必死だから無理もないが、あんな奴は見たことない。 とに角パンチ・キックを切れ目なく繰り出し、グラウンドでもその体重でのしかかって頭突き目潰しと一瞬の油断も許されない。 坊やの関節技も相手の腕が太過ぎ決まらない。 スタンディングで右肩を例の技で壊したがギブアップしない、それで左肩も壊し最後に右足首を捻り上げアキレス腱を断裂させ立てなくして、ようやくレフェリーストップ。 相手は終始挑み続け、坊やも随分やられた。あんなに壮絶な闘いは初めてでお客様もお偉い方々も大喜びの万々歳」 だが俺は、坊やの身体、特に右眼が心配で、早く病院へ行きたいと申し出て車で送って貰った。 医師から 「右眼末梢神経麻痺による失明で回復の見込みなし」の診断を聞いたスタイナーさんは、以来1度も顔を見せない。 坊やにもう格闘技戦士としての利用価値無しと切捨てたのでしょう。合理的で冷酷なビジネスマンの本性に俺は幻滅した。 「どうしても行くのか、考え直す気はないか?金ならもう充分あるのだから、自分の流派を広める道場でも開き、この国に骨を埋めるのも悪くはないと思うが・・・」 「それは出来ません。僕の流派【竹ノ内】は教える側も学ぶ方も、命懸けで血の滲むような修練を積んでも、人によってはたった1つの技の会得が難しい事があり、それを伝えて諦めさせる時もあるので広く普及させられない」 「確かに、坊やの技を見ていると解る気がする」 「それに僕はまだまだ指導出来る立場ではありません、今は特に。まず片目で誰とでも互角に戦える様に修行する積りです」 「まだ闘いを辞める気はないんだ」 「はい。その為にはペドロさんが以前おっしゃっていた、格闘技の盛んな国々へ行って見聞を広めてきたいのです」 これが坊やと交わした最後の会話だった。去りゆくその後ろ姿に、俺は大声で 「さらば坊や、さらば永遠の最強戦士 またいつか
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