第十一話 契約書を見つけます

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第十一話 契約書を見つけます

 ラッキーとは続くもので。  昼間にスーパーへ行ったら、たまたまタイムセールに遭遇して国産牛のステーキを半額で入手出来た。久しぶりの良いお肉にご満悦でルンルン気分で冥界に来てみると、なんと赤鬼曰く今日は閻魔の執務室の掃除をするらしい。  よし、良い感じ。  めちゃくちゃ運が回って来ている。  赤鬼が背を向けている隙を狙って、書類の山を倒さないように気を付けながら、注意深く目を走らせる。地震でも起こったら確実に終わりを迎える彼の机は、お世辞にも整理整頓されているとは言えない。  意外と閻魔も黄鬼タイプで身の回りのことが出来ないのだろうか、なんて思いながらキョロキョロしていたら、本の間に挟まった薄い紙が目に入った。 (………?)  少しだけ抜き出してみると、並ぶ達筆な文字を読み解くことは出来なくても、血塗られたその捺印には見覚えがある。  ガッデム!神は私を見捨てていなかったのだ。  この場合は仏かな、と思いつつスッと紙をカーディガンの下に隠した。誰もこんな場所に契約書があるなんて思わないだろう。今すぐ八角の元へ駆け寄ってハイタッチを交わしたい。 「おーい、お前なに踊ってんだ?」 「っひょ!……なにも?」  ジトッとした目を向ける赤鬼に笑顔を返す。  彼ら餓鬼三兄弟はそれぞれ性格が異なるようで、私が一番扱いやすいのはダントツで黄鬼だ。赤鬼は意外にも仕事熱心で結構閻魔と行動を共にしている。青鬼は冷静で鬼らしくない生真面目な性格。黄鬼はまぁ、知っての通り。 「そういえば、小春は年越しはどうすんの?」 「年越し……?」 「人間界では蕎麦を食ったりするんだろ」  そう言って小首を傾げてみせる赤鬼を暫し見つめた。  まさか冥界まで来て、年越しの過ごし方を聞かれると思わなかったから面食らう。特に予定はなかったけれどそのまま伝えるのは癪だったので「神社に行く」と言っておいた。  本当に行くかは微妙なところだ。  なんせ、年越しに合わせて甘酒が振る舞われたり、出店が並んだりする都会と違って、片田舎の奥地の神社は年越しもひっそりしている。もしかすると熱心なご老人が参拝しに来るかもしれないが、おおかたの人たちは歌番組を見て寝るんじゃないだろうか。 「なーんだ、暇だったら誘っとこうかと思ったけど」 「え、何かあるんですか?」 「うん。毎年冥界では結構盛大に祝うんだよ。めっちゃデケェ蟹とか食えるし。あ、あと、閻魔様が踊ったり」 「閻魔様が…踊る……?」  思わず絶句した。  想像もつかない。あの仏頂面で鬼上司の閻魔様が音楽に合わせて踊るというの?え、それは年越しスペシャルにしてはあまりにもサービスが過ぎやしない? 「もしかして冥界って年始は(ひょう)が降ったり…?」 「いんや、降らねぇけど?」  不思議そう顔をする赤鬼を前にして私は悩んだ。  踊る閻魔様は見てみたい。それは結構エンターテイメント性が高いし、なんか良いものを見れたような気になりそう。加えて、もしも出し物的な感じでベリーダンスでもしてくれるなら、私はそれをネタに契約の取り消しを図りたい。  でも、流石に年越しの時間まで冥界にいるのもな…という気持ちもある。今まで昼過ぎから夕食までの比較的なんでもない時間だからこそ、こうして姿を見せて来た。  だけど、年越しってそれは。  家族であったり恋人と過ごすであろうその瞬間を、私は半裸の鬼たちに囲まれて過ごすのか。否、人間であることを忘れてはいけない。 (せっかくだし、誰か連絡してみようかなぁ……)  音信不通の期間が長かったけれど、これを気に「元気?」なんてメールを送ってみるのも良いかも。こういうイベントを利用するでもしないと、なかなか声が掛けずらい。  私は赤鬼に「年越しは予定があるので早めに仕事に参ります」と宣言して、有りもしない予定を入れるために奔走する決意をしたのだった。
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