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第十三話 解読します
「こ……こい……?」
「青鬼さん、小春が誤解しちまう」
氷の如く固まった私を青鬼がしばいた。
どうやら冗談のようで、私は緊張を解く。
思わずビックリしてしまった。
冥殿にあれだけ美女を囲う閻魔だから、もしかすると男色の趣味もあって、三叉と閻魔が実はそういう間柄だったとしても違和感はない。むしろなんか有り得そう。ワイルドで俺様気質な閻魔としなりとして線が細そうな三叉なら立ち絵的にもお似合いで……
「なに考えてニヤついてるの?」
「ごめんなさい」
小首を傾げる三叉にすぐ謝罪する。
貴方たちボーイズがラブする展開ですとは言えまい。
「三叉さんも年末は冥殿へ行かれるのですか?」
「んー、そうだねぇ。まぁ恒例だし」
「結構大規模なんですね」
「そりゃあ一年の締め括りだもの」
人間界と同じように冥界も時間が流れているというのは、なんとも不思議な感覚だった。たしかにこっちで過ごしすぎると、元の世界へ帰ったときには随分と時間が経っている。閻魔が契約時に二十四時間という縛りを付けたことからして、時間が流れるスピードは同じなのだろう。
と、そんなことを考えているうちに契約書のことを思い出した。私は持ち出した契約内容を八角に確認する必要があるのだ。昨日から私が持っているけど、何も閻魔は言って来ないから気付かれていないはず。あの机の汚さだと、ずっと私が持っていてもバレっこないのでは、と思う。
「あの、今日って冥殿に行かないの?」
コソッと黄鬼に聞いてみると、受け取った酒はこのまま冥殿へ運ぶので搬入後に少し寄るぐらいなら良い、と言われる。
私は八角に話があるから厨房に出向くことを前もって黄鬼に伝えておいた。心許せる知り合いが少ない冥界において八角との会話が癒しになっているのは本当。
バカでかい酒樽から何かの果実酒の瓶に至るまで多種多様な酒をリヤカーに運び込んで、私たちは三叉の元を出発した。閻魔との関係が深そうな彼に話を聞いてみたい気もしたけれど、人の話を聞くということは同時に自分を知られることも意味する。出会ったばかりの三叉の性格はまだ掴み切れていないから、そこまでの勇気は出なかった。
重たい酒類を引っ張ってなんとか冥殿に辿り着いた時には、身体が石化したのではないかと疑うぐらい疲弊していた。
「ほいじゃ小春、あとはやっておくよ」
「ありがとうございます!」
「八角さんに宜しくなー」
グッと親指を立てて了承を示したら、私は一目散に厨房を目指す。
広い冥殿と言えども、さすがに厨房や中庭といった何度か行ったことがある場所はもう覚えた。味噌の溶け出す良い匂いにクンクン鼻を動かしていたら、忙しなく働く八角を発見した。
「八角さん!」
「ンまぁ、小春ちゃん~!」
両手を広げて駆け寄ってくれるから、有り難く抱擁を受け入れる。話し方も雰囲気も乙女な八角は、力加減だけは上手く調整出来ないようで私は背骨が軋む嫌な音を聞いた。
「んぐっ……!」
「あ、ごめんごめん!」
慌てて身体を離す八角に、閻魔の部屋から奪った契約書を差し出す。ペラッとした半紙に細筆で書かれたその文字の羅列を、八角は真剣な顔で追う。
五分ほどが経過しただろうか。
まだ顔を上げない八角に少し私は心配になってきた。もしかして、とんでもない条件が隠されているとか?もしくは書き換えるべき部分まで彼は検討してくれているのだろうか。
火にかけた鍋がグツグツと沸騰し、蓋が外れそうになっているのを見て、やっと八角は顔を上げた。片手に契約書を握ったままで火を止める後ろ姿を見つめる。
「………小春ちゃん…これ、」
「はい……?」
「なんて書いてあるか読めないわ」
「え?」
ペロッと舌を出しながら「ごめんね」と謝る八角から契約書を受け取る。そんな阿呆な、と思わずツッコミを入れそうになってしまった。
「閻魔様の字って独特なのよねぇ。鈴白様だったら読めるかもしれないし、よかったら行ってみる?」
「あ……お願いします!」
親切な提案に頷いて、私たちは二人で厨房を後にした。
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