第十五話 大晦日です

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第十五話 大晦日です

 結局、その後は閻魔に話を聞くことも叶わずにバタバタと日々が過ぎて行った。  現実世界の方でも私は来るべき年始に向けて大掃除をしたり、柄にもなく一人用おせちを作ってみたりした。紅白なますと栗きんとんのみの、なんちゃっておせちだけれど、見よう見まねで作った割には美味しいと思う。  テレビの中ではお正月特番の宣伝なんかが流れていて、スーパーに行っても、街を歩いてみても、人々は少しだけ浮かれているような感じがした。かくいう私も、小さなしめ縄を買って玄関に飾ってみたりして。 「ほいじゃあ、小春。良いお年をー」 「良いお年を。鬼さんたちも飲み過ぎないでね」 「俺は飲んでも変わんねぇからよ!」  そう自慢げに言うのは赤鬼。  後ろで羨ましそうにする黄鬼と澄ました顔の青鬼にも挨拶をして、私は閻魔の元へ向かうことにした。最近は仕事を終えた私を現世に返す時だけ顔を合わせていた彼に、今日こそは契約のことを聞ければと思っていた。  もうすっかり慣れた冥殿への道を歩く。  どうやら今日の閻魔は休暇を取っているらしい。  鬼たちは愚痴を並び立てていたけれど、私としてはちょうど良かった。鈴白に読み解いてもらった婚姻届を突き出して、どういうつもりなのか問い詰める予定だから。鬼たちの前では言い出しにくいし、彼が一人の方が良い。  しかし、部屋には先客が居た。 「あの……閻魔様、」  胡座をかいて座る閻魔の膝の上には、豊満な胸をブルンと着物から覗かせる女が乗っている。  ノックをしたときに「入れ」と言われたから素直に入ったものの、明らかにお取り込み中ではないか。黄鬼あたりが見たら鼻血を出して喜びそうではあるけれど。 「おう。話があるんだろう?」 「今、よろしいのですか?」  問題ない、と答える閻魔の肩にコツンと女が頭を置く。  その挑発的な視線を受けて、私は自分がひどく場違いな場所に居ることに気付いた。この男には気遣いとか、デリカシーというものが無いの? 「閻魔様と…私が、結んだ契約について確認があります」  私は懐から四つ折りにした半紙を取り出す。  閻魔は顔色ひとつ変えずに私を見ていた。 「これは、冥婚の契りだと聞きました」 「………親切なヤツも居るもんだな」 「どういうおつもりですか?」 「ん?」 「聞いていた話と違います。私は貴方の元で働く労働契約を結んだだけです。結婚を承諾したつもりはありません!」 「誰にものを言っているんだ?」  瞬間、身体がズンッと重くなった。  動けない。指一本動かすことが出来ない。  強大な力で押さえ付けられたみたいに苦しい。  その場に手を突く私の前で閻魔が立ち上がる。肩に掛けていた赤い羽織が畳の上に落ちた。視線の先で、先ほどまで彼に寄り添っていた女もまた、恐怖を感じたように震えている。 「小春、」  心臓を掴まれたような息苦しさ。  私は自分が冥界の王の機嫌を損ねたのだと理解した。 「なぁ、小春。お前は何か勘違いをしていないか?」 「………っ…えんま…さ、」 「この世界に存在するものを俺はすべて好きにして良いんだ。ちんけな労働契約より冥婚の契りを交わした方が色々と使い勝手が良いだろう?」 「……う…ッ…!」 「言ってる意味、分かるか?」  息が出来ない。  部屋の空気が重たい、潰れる。潰れてしまう。  閻魔の手が私の顎を持ち上げる。  無理矢理に合わさった視線の先で赤く光る双眼はあまりにも恐ろしくて、私はただ頷くだけで精一杯だった。その反応を見て気を良くしたのか、彼はにこりと笑う。  掛かっていた圧が少しだけ和らいだように感じた。 「まぁ、そうは言ってもお前はただの働き蟻だ。この女たちとは違うし、人間であるお前を冥殿に迎え入れたりしない」 「本当ですか……?」 「なんなら一筆付け足してやろうか?面倒だったから冥婚として契約したが、お前が心配なら手も足も出さないことを誓ってやろう」  俺もそこまで鬼ではない、と閻魔はへらりと言う。  十分鬼畜だし、鬼上司だと内心悪態を吐きながら私は契約書を差し出す。サラサラと筆を走らせた閻魔は「確認を取りたければ鈴白に見てもらえ」と微笑んだ。  地獄の冥王は、すべてお見通しのようで。
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