第十九話 美女との遭遇です

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第十九話 美女との遭遇です

 いやぁ、もう降参ですとも。  三叉の用意してくれた酒は味が分からない私の舌にもとろりと溶けて水のように軽い。だけども、ほどよく身体が温まって頭もゆるゆると回転が弱くなっていくので恐ろしい。 「………お…お手洗い」 「小春くんは離脱かな?それじゃあ黄鬼くんにもう一杯」  赤色を通り越してスンと元の顔色に戻っている黄鬼を見て若干の心配を覚えながら、とりあえず席を立ってお手洗いを探すことにした。  あのまま飲み続けていたら間違いなく私はグロッキーになって醜態を晒してしまう。少しみんなの輪に入れたら、ぐらいの気持ちで参加した宴会だけれどこんなことになるとは。たぶん三叉の隣に座ったのが運の尽きだろう。  ふらふらと廊下を歩いていたら、向こうから歩いて来た人と肩が触れ合った。慌てて「ごめんなさい」と謝罪して振り返る。鼻腔をくすぐる白檀の匂い。  そこには、すらりとした黒髪の美女が立っていた。  腰まである長い髪は艶やかで、桃色のグラデーションがかった着物は彼女の白い肌によく似合う。薄らと微笑みを浮かべたその姿はさながら地獄に現れた天女のようだった。 「あ……すみません、」  不躾にジロジロ見てしまったことを詫びると、女はフッと目を細める。 「貴方が冥界に招かれたという人間ね」 「招かれた…?というより……」 「五代(ごだい)くんは?」 「え?」  知らないのね、と残念そうに眉を寄せて女はくるりと踵を返す。もう私と話すことはないという意味だろうか。引き止めて、誰かに伝言でもあるのかとお節介を垂れ流すことも憚られたので、私は黙ってその背中を見送った。  やがて、桃色の羽衣を羽織った天女は廊下の角を曲がって私の視界から消えた。 (………なんだったの?)  五代という名前に思い当たる節はなく、私は首を傾げながら厠への道を歩く。ようやく辿り着いたお手洗いでは、重くなってしまった身体を上手く操作出来ずにそのまま眠ってしまいそうになった。  あそこで切り上げた私がこれだけ酔いが回っているんだから、黄鬼はさぞかし地獄を見ているはず。三叉が少しの情けを彼に掛けてあげて既に解放していることを願った。 「ん、お前も来てたのか?」  厠の暖簾を潜って出会ったのは、閻魔本人。  先ほど舞を踊っていた時の白装束から着替えたのか、黒地に赤が覗く(あわせ)の着物を着ている。 「えっと……はい」 「赤鬼から予定があると聞いたが?」 「そうですね。まぁ、早く終わりまして…」  意地悪な冥王が楽しそうに口角を上げたのを私は見逃さなかった。この男、私の予定がポシャってこの場にのこのこと遊びに来たことに気付いているのでは。  慌ただしそうに大きな盆を持った女中が近付いて来たのを見て、閻魔は私に「付いてこい」と言う。返事も待たずに歩き出す彼の後ろを、置いて行かれないように追い掛けた。  辿り着いたのは、いつぞやに私が掃除した中庭。  精を出して綺麗にしたので、わりと眺めも良い。心なし池の中の鯉たちも気持ち良さそうの泳いでいるように見える。あの後で鈴白にも褒めて貰えたんだよね、と私はご満悦で主人の反応を盗み見た。 「閻魔様、何か気付きませんか?」 「………?」  顎に手を当ててジロッと冥王は私に向き直る。 「いえ、私ではなく…!」 「紅の色が濃いな」 「はぁ!?」  何を言い出すかと思えば、無神経な指摘を放つ閻魔に私は思わず身を乗り出す。さすがに失礼ではないか。こちとら久しぶりのデートに喜び勇んでめかし込んだのですが。 「あのですね、閻魔様は存じ上げないと思いますけど、私は今日素敵な殿方とデートだったんです!だから気合いを入れて綺麗にしようと思って、」 「それでフラれたわけか?」 「………おっふ!」  デリカシー。何処へ行ったのデリカシー。  笑みを深めた冥界の王はすぐに視線を遠くへ投げた。 「他者で己の価値を図るなんて阿呆のやることだ」 「なんですと…!?」 「人間は愚かだな。弱い心を塗り固めて強く見せようとする」 「お言葉ですけど閻魔様、知ったような口を効かないでください。私たち人間だって必死で考えて生きてるんです。貴方には分からないと思いますけど、人間は…」  私は自分の考えをさも正論の如く語る閻魔に反論するためにズラズラと言葉を並べてみたけれど、途中で彼がまったく私の言葉に耳を傾けていないことに気付いた。  赤い瞳はぼうっと彼方を見つめている。 「閻魔様……?」 「ん?」 「さっき、廊下で出会った女性が五代って名前の方を探していました。どなたかご存知ですか?」 「お前…その女は何処へ、」  勢いよくこちらを向いた閻魔の目が大きく見開かれる。  その視線を追った先に私は先ほどの美女の姿を見つけた。  冥王の驚愕した表情を、女は笑顔で見つめ返す。 「五代くん、久しぶり」  その名前が意味する人物を頭が理解する前に、私の腕は強く引かれた。ビックリして悲鳴を上げそうになった口を柔らかなものが塞ぐ。視界を覆う真っ赤な髪越しに、澄んだ空に打ち上がる色鮮やかな花火を見た。  我が主人はあろうことか使用人に口付けている。  何処か遠くで、年明けを祝う声が夢のように聞こえた。
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