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第五話 強請ってみます
「閻魔様の……弱点?」
きゃるん、と無知を装って首を傾げるから、頭から生えた角に手を掛けると黄鬼は「ごめんごめん!」と繰り返した。
閻魔と美女のアダルティな自作ビデオを所持していたことがバレた黄鬼を今、私は強請っている。閻魔の弱点さえ手に入ればもう、こうして冥界でこき使われる必要はない。
第一、時間がもったいない。
私は有給と冬季休暇を使って祖母の家へ掃除に来たのだ。間違っても閻魔や鬼たちにパシられるために来たわけではない。ひょんなことから冥界を見つけたことで、数時間の無賃労働が発生していると思うと腹が立った。
何としてでも、あの契約を破棄しないと!
そして、そのためにはこの黄鬼を利用するべき。
「しっかしなー、俺たちも閻魔様の部下だから。そんなに砕けた話もしないし、プライベートも知らないんだよな」
「冥界って意外と上下関係厳しいんですね」
「厳しい、めっちゃ厳しい!閻魔様の私生活を覗き見たいならやっぱり冥殿に行くしかないんじゃないか?」
「めいでん……?」
聞き慣れない言葉に眉を寄せると、黄鬼は「冥殿とは冥王である閻魔が住む城である」と教えてくれた。お城に住んでいるなんてリッチで羨ましい。
しかも、どうやら冥殿には俗に言う大奥的なものが存在していて、一夫多妻の酒池肉林が繰り広げられているとかなんとか。鼻血を垂らしそうなウットリした顔でそう語る黄鬼にドン引きしつつ、私は頭の中で考える。
もっとこう…毛虫が怖いとか。
実は禿げてるとか。
そういったレベルの弱点を探していたんだけど、どうやら完全無欠の冥王にはそんなものはないようだ。考えあぐねていると、昨日私の背中を叩いた笏のことを思い出した。
「あの笏は何なんですか?」
「笏……?」
「閻魔様が携帯しているあの細長い扇子みたいなやつですよ。あれを取り上げたら冥殿が爆発するとかないんですか?」
「なにその怖い設定…!ないから!ないない!」
黄鬼曰く、閻魔様の笏に大した意味は無いようで「部下たちがヘマをした際に叱責するために使われる」と聞いて落胆した。なんとスペアが三十本もあるらしい。
某教育番組における笏はもっと大事なものだった気がするけれど、と内心思いながら私は他の可能性を探る。まだこの世界のことは知らない部分が多いけれど、どうやら閻魔が冥界では絶対的な存在であることは分かった。
「あ、あと……嫁入りって?昨日言っていたでしょう。この時期がなんとかって」
閻魔自身も私が嫁いで来たと初めは勘違いしていた。
冥界の閻魔大王が人間を娶るなんて聞いたことがない。
「ああ!あれね。閻魔様は女の消費が激しいから、常に冥殿に何人か囲ってるんだ。ちょうど人間界で言うところの年始あたりに新しい女を仕入れることになっててな」
「なにそれ………」
消費とか仕入れとか、やっぱり冥界の者たちは人を人だと思っていないのだろうか。彼らにとっては私も、その辺に転がっている石と同じ。
あのビデオの女は別嬪だったが極楽に行っちまった、と残念そうに呟く黄鬼の話を私はぼんやりと聞く。どうやら閻魔に仕えることで徳を積むと罪人にも多少の減刑があるようだ。
(アホらしい……ハーレムつくりたいだけでしょう)
聞き齧った“閻魔様”のイメージとだいぶ違う。
のらりくらりと冥界を練り歩き、下っ端をこき使うだけの権力者ならば心底ガッカリだ。私は話し続ける黄鬼に頼んで冥殿へ案内してもらうことにした。
「ここが……冥殿?」
ヌッと聳え立つ立派な門構えの奥に見える広大な敷地には、いくつもの建物が並んでいる。黄鬼が指差す方向に、閻魔が暮らす本殿があるらしいけれど、私の視力では遠過ぎて見えない。
「あンら、黄鬼ちゃん!閻魔様の御使い?」
背後から聞こえた声に飛び上がったのは黄鬼だけではなかった。私は恐る恐る、その野太い声がした方へ首を回す。
目線の先には白いエプロンを身に付けた小太りの男が立っていた。
「八角さん!お久しぶりっす」
「うん、久しぶりねぇ。最近あんまり冥殿に来ることもなかったものねぇ。お仕事忙しいの?」
「いや、まぁ…やっぱり冥界は年末年始問わず常に繁忙期ですから。八角さんの作る豚足また食べてぇなぁ」
また作ってあげるから遊びにおいでなさい、と返す男はそのまま私の方を見つめた。
「この子、だぁれ?」
「あ…こいつぁ……」
「俺が新しく雇った雑用係だ」
返答に困る黄鬼の横から声がした。
見ると、いつの間にやら閻魔がそこに居る。
バツが悪そうに下を向く黄鬼の角を掴んで持ち上げると、重力など無いように黄鬼が宙に浮いた。
「あ、待って!待ってください…閻魔様ー!」
叫び声も虚しく、ブンッと砲丸投げよろしく放り投げられた黄鬼はそのまま遥か彼方に消えて行く。
「誰かが俺のことを嗅ぎ回ってるらしいな」
「へぇ。そんな無礼者も居るんですね」
「嘘吐きが落ちる大叫喚地獄では、熱した金バサミで嘘を吐いた人間の舌を引き抜くんだが……」
「すみませんでし………ふぁ…!?」
即座に謝罪する私の顎を閻魔が掴んだ。
歯医者よろしく片手で大きく開かれた口に無遠慮に突っ込まれた手が、私のベロを掴む。痛い痛い!
「いひゃいれふ!へんはは……!!」
「今度嘘吐いてみろ、分かってるな?俺だってお前を地獄に招待したくはないんだ」
ニコニコと珍しく笑顔を見せる閻魔を心底恐ろしいと思いつつ、全力で頷いて見せる。「もう今日は帰れ」という声と共に笏で尻を叩かれると、私の意識は遠退いていった。
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