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 持っていた大きな鞄を娘に渡す。それを受け取った彼女は、「ありがとう、お母さん」と言った。 「元気でね。辛かったら、無理せずに帰ってくればいいのよ」  ルキは娘のメリルの成長を感じながらも、必死に涙を堪えていた。隣りには夫が寄り添ってくれている。 「うん。ありがとう。頑張るからね」  発車の汽笛が鳴り響く。機関車は蒸気を発しながら、巨大な体をゆっくりと揺らした。駅員によって扉が閉められると、娘は座席へ移動して車窓を上にあげた。彼女の元へ近寄っていき、最後の別れを惜しむ。 「お母さん、お母さんは自分のやりたいことやりなよ。もう私に気を遣うことなんてないんだからね」  娘からの意外な言葉に堪えていたものが溢れ出す。何度も頷きながらルキは大きく手を振った。機関車は少しずつ勢いを増していく。手を振る娘と並走していたが、それが段々と離れていき、最後には追いつけなくなった。  二十歳の娘は今日、家を出た。街へ向かい、働きに行くためだ。ここまで大切に育ててきたが、とうとうこの日が来てしまった。当たり前だった日常が、ぽっかりと穴が空いたように消えていった。それは落胆するようなことではない。むしろ、成長を喜ぶべきものだろう。彼女は大人になったのだ。親元を離れ、一人前の社会人として生きていくことを誇りに思うべきだ。  駅のホームで小さくなった列車をいつまでも見つめながら、ルキは涙を流し続けた。 『お母さんは自分のやりたいことやりなよ』  娘の言葉がいつまでも頭の中に残っている。自分のやりたいこと、それはなんだろう。自宅へ戻ったルキは、夫のケインを仕事へと見送ってから一人、テーブル席に腰を掛けながらそんなことを考えていた。  若い頃はがむしゃらに夢を追いかけていた。幼少期から、自分には他人にはない特別な力が備わっていることに気がつく。それは一般的に言う『魔力』だった。  魔力を持つ者は、魔法使いになることができる。不思議な力を操り、様々な行動を起こすことが可能だった。空を飛んだり、火をつけたり。  科学の技術が進歩する今よりも少し前まで、人々の生活の中に魔法使いは当たり前に介入していた。明かりがほしいときや、火を灯したいとき。お湯を沸かしたいとき、物を運びたいとき。街中にいる魔法使いは様々な用途で呼ばれ、重宝された。  将来は私も魔法使いになりたい、そう思うようになったのは自然の流れだった。  そして、十五歳になった年の春、彼女は魔法学校へと入学を決める。魔法使いとしての資格を得るために。
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