大晦日の憂鬱な星たち

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大晦日の憂鬱な星たち

「煙草なんて、早死にしたいやつしか吸わないよな」 関にそう言われても山本はなんだかピンと来なかった。 「ひどい言い方ですね」 それじゃあなんで喫煙コーナーまでついてきたんですが?そんなにサボりたいんですか?と聞くのはやめておいた。 そこまで親しく話をする気はない。 関の方は煙草を吸う気などなかった。むしろ煙草は大嫌いだった。喫煙者はみんな頭がおかしいと思っていた。 「暇ですね」 「毎年こんなもんだよ」 「それなのに3人もスタッフいるんですか?」 大晦日のカフェの夜勤は20代後半のフリーター関、店長代理の盛山さんという女性。そして大学生である山本の3人だった。 「毎年俺と盛山さんは暇だから出勤してるだけなんだよ」 「へえ」 山本は煙草に火をつける。大しておいしくはないが、暇が潰せる。 「2人でサボってるの?」 喫煙所に顔を見せたのは盛山さんだった。店のユニホームの上にカーディガンを羽織っている。 「盛山さんは煙草吸うんですか?」 3人のスタッフ全員がサボっててどうするんだろ。この人意外とバカなのかな?山本は煙草を吸って吐いた。 「私は吸わない。臭いから嫌い」 「喫煙者の前で酷いですね」 盛山さんは特に悪びれるでもない。 「この間マネージャーと話してたんだけど、最近レジのお金が合わないんだよね」 「最近っていつごろからですか?」 「ここ1ヶ月ぐらい。数万円単位で合わないの」 1ヶ月前といえば、新人の石田さんが入った頃だ。小柄でキラキラした感じの女子高生。いかにも無邪気で責任感がなさそうなタイプ。 「石田さんは関係ないですよね?」 山本が聞くと、関さんも盛山さんも首をかしげた。 「この前は常連の爺さんが店のプリペイドカードに1万円チャージしたのに、千円しか入ってないとか言ってましたね」 「あれ接客したの多分俺なんですけど、流石にそんな間違えはしないっすよ」 山本が珍しく本気で怒ったような顔をする。 盛山さんは「面倒くさいね」とだけ言ってお店に戻って行った。 「盛山さんってなんで大晦日に夜勤なんてしてるんですかね?旦那さんとか子供とか大丈夫なんですかね?」 「さあ、結婚してるかもどうかも知らないな」 山本も知らなかったので、わざとこの話題をふったのだが無駄になった。 「知らないんですね。でもこの職場って変に人の話を聞いてくる人がいないからありがたいです」 「そうかもな」 「関さんはなんで大晦日に仕事してるんですか?」 関は無表情になった。何か迷っているというよりはただ無だった。 「俺、子供部屋おじさんなんだよね」 「実家に住んでるんですか?」 「金なくて仕事もなくて。もともと親同士はあんま仲良くなくて、昔から家族で出かける事もなかったし。年末年始はどうせ友達も忙しいから、じゃあ働くか〜みたいな感じ」 山本は初めて関の顔を見た。嘘ではなさそうだ。 「中学くらいからずっとそう。お盆と年末年始ってみんな帰省したり、家族でワイワイするけど家は全然しないから暇で暇で仕方ないんだ。暇だと嫌な事を考えるし、働いてれば金がもらえるし」 「そうっすね」 「山本は長野県出身だっけ?どこらへん?」 「うちは松本です」 「新幹線に乗ればすぐじゃん。帰省しないの?」 「年末年始は高いし、金ないんで」 ふーんと呟いて関は喫煙所の小さな窓から空を見上げた。汚れた窓からは星ひとつ見えない。 「実は俺も関さんと同じです。親と仲悪くて家にいるのが嫌で。兄ちゃんは結婚したあと全然家に近寄らないし。年末年始は俺だけひとりぼっちみたい」 「取り残されてる感じするよな」 「俺だけ不幸なのかな?みたいなね」 「レジの金抜いてるのお前だろ?」 関がそう言った時、山本はちょうど2本目の煙草に火をつけるところだった。 「なんで俺なんですか?」 「勤めて半年くらいだろ?そろそろ信用もできたし、新しく入ってきた石田さんになら罪をなすりつけやすそうだし。それで始めたんだろ」 「俺って決めつけてませんか?石田さんのがヤバそうですけど」 「石田さんならすぐ証拠が出るだろ。お前も本当ならもうしばらくはバレなかっただろうけど、爺さんから1万巻き上げたのはまずかったな」 山本はまた煙草を吸った。自分で吸っていながらイヤな匂いだ。でも電子タバコよりはまだマシだ。 「盛山さんも気づいてるから、さっき話を出したんだろ」 「俺しんどいんです。学費も生活費もギリギリで。魔がさすこともあるでしょ?」 「監視カメラに映らないように何度も金抜くのは常習犯だろ。そもそもお前、本当に長野出身なのか?」 「そこまで疑います?」 「松本には新幹線通ってないよ。知らないのか」 「昔住んでただけなんですよ。親が離婚してすぐに引っ越したから、本籍だけ長野なんです」 関はもはや山本の話を聞いてはいないようだった。 「俺警察に突き出されますかね?無実なのにな」 我ながら言ってることがめちゃくちゃだが、だいたいこんな風に生きてきたのだから仕方がない。 「知らないけど、迷惑だから俺のシフトの時はしないでくれ」 「盛山さんは俺の事どうする気でしょうね」 「知らないよ」 「石田さんが首にされちゃったらどうします?」 「どうでもいいよ。ほとんど話したこともないし」 冷たいですね。と言っても関は返事もせずに店内に戻ってしまった。 山本がバックヤードを抜けてレジに戻ると、ちょうど盛山さんがお正月向けの飾りを直している所だった。 すすけたグリーンの小さな星型のランタンを、天井から糸で吊るしたものだ。 「しょぼいですね」 天井を見上げて触れようとした時、子供部屋のことを思い出した。 青い壁の小さな部屋。ニトリで買ったシステムデスクと二段ベッド。天井に貼った星や月のシール。 すべてがあまりにハッキリとよみがえって、山本の気持ちを憂鬱にさせた。 実際山本は小さいころ松本市に住んでいた。小さな家の子供部屋に兄と一緒に二段ベッドで寝ていた。父も母も笑っていて、自分も幸せだった気がした。 あの頃は煙草の匂いなど無縁だった。 「こんなしょぼい星じゃ、すぐに落ちてきそうですね」 ワザと冷たい口調でそういうと盛山さんは気にもとめずに言った。 「星が落ちてきたら、また元に戻してあげるしかないでしょ」 恐らく盛山さんにとっては、意味もない言葉だった。 それでもなぜか山本には、その言葉が響いた。 落ちた星が元に戻るわけがない、一度ついた匂いが消えないのと同じだ。 山本はそっと星形のランタンに触れた。今にも落ちてきそうなのに、一応天井にくっついている。 俺と同じだ。 ギリギリでもまだなんとか生きながらえているのだ。
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