夢屋

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 お客さんは、滅多に来ない。どんなに多くても、一日に五人。少なかったら、ゼロの日もある。そりゃそうだ。店主は店の宣伝をちっともしない。店主はこの店で儲けようなんて、全く考えていないのだ。だから、ライターの副業をして、生活費を稼いでいる。    店の営業時間は、店主の気まぐれだ。朝早くから開けることもあれば、昼過ぎまで開けないこともある。今日の開店時間は午前七時。ここ最近の中じゃあ、かなり早い。 「おはようございます」    可愛い声で挨拶をしたのは、赤いランドセルの女の子。本日最初のお客さんだ。開店してから、三十分。こんなに早くお客さんが来る日は珍しい。 「おはようございます」  店主は笑顔で女の子を迎える。店主は、子供にも絶対に敬語を使う。それはきっと、彼のこだわりというか、譲れない部分なんじゃないかな。    女の子はランドセルを背中から降ろすと、店主に勧められるまま座布団に座った。心なしか、その表情は強張って見える。女の子は、しばらくもじもじしてから、意を決したように言う。 「今日見た嫌な夢を買い取って下さい」 「買い取りですね」    店主は女の子の目を見つめながら、流れるようにこの店の〝ルール〟を説明する。 「夢は百円で買い取らせていただきます。買い取らせていただいた時点で、お客様の夢は当店のものとなります。夢を取り出した後は、夢の記憶は消えます。もう一度、夢の記憶を取り戻したい場合は、夢を買い戻していただく必要があります。また、当店が他のお客様に夢をお売りしてしまった場合は、二度と夢の記憶を取り戻すことはできません」    女の子は、店主の言葉を一つ一つ噛み締めるように頷く。その度に、おさげにしている髪の毛先が肩のところで揺らめいている。 「……それでも構いませんか?」    店主は女の子がこっくり頷くのを見ると、目を閉じてすうっと小さく息を吸う。それから目を開けて、女の子の頭の上の辺りを凝視する。 「失礼」    店主が女の子の頭の上に手をかざすと、彼女の頭から白く光るもやが滲み出てくる。    もやは空中に流れ出し、一つの映像を映し出す。    長く真っ直ぐな道。    そんな道を、女の子は走っていた。    そして、その後を追う大きな犬。    迫って来る犬が怖いのだろう、女の子は目に大粒の涙をためている。    そんな映像を映し出していたもやはやがて、空中で小さくまとまっていき、光の球になった。店主はその球を両手で優しく包み込むと、「こちら、買い取らせていただきます」と言って立ち上がる。そしてそのまま、奥の部屋に入っていく。    夢を仕舞いに行ったのだ。    奥の部屋がどうなっているのか、ボクにはわからない。大切な夢を保管する場所だから、ボクは立ち入り禁止なんだ。    だけど想像はする。きっと、奥の部屋にはどっしりした棚があって、夢はそこに置かれているんだ。夢はすぐにふわふわ飛んで行っちゃうから、瓶にでも入れてあるに違いない。色々な人が見た色とりどりの夢が、瓶に入って仲良く並んでいる様子を思い浮かべると、ボクはわくわくする。
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