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夢屋
ここは菜の花町のばら商店街の東のはじに位置している。
商店街はそれなりに活気があって、人の流れはあるけれど、この店に気が付く人なんてほとんどいないと思う。
だって、この店には看板がないから。入口の脇に「霞」と書かれた年季の入った表札が付いているだけで、外からは普通の民家にしか見えない。
それでも一歩中に入れば、店だとわかってもらえるはずだ。なぜなら、きちんと店主がいるから。商品らしきものは置いていないけれど、店主がいれば、店として成り立つだろう。
店主――店の主、だからね。
入ってすぐのところには土間があって、その向こうは六畳ほどの小上がりになっている。店主は、その片隅に置かれた学習机で、パソコンを使っていることが多い。パソコンの光は薄暗い店内をほのかに照らし、キーボードを叩く心地良い音は、いつも店内を包み込む。
部屋の中央には、柔らかな座布団が一枚。お客さんが使うものだ。店主用のものは表面が擦り切れて、あちこちに継ぎ接ぎがしてある。この座布団に顔を埋めると、店主の匂いがするんだ。
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