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年末風景
うちの父ちゃんは失業中。
だけどクリスマスプレゼントだと言って、どこからかリボンのかかった大きな箱を持ってきた。
「おい。かかあ。プレゼントを用意したんだ。酒代ぐらい、出しやがれ」
「なんだいこのヤドロク」
母ちゃんはほだされない。だてに長年、この父ちゃんの女房をやってはいない。
「こんな軽い箱、欲しくもないってんだ。どうせカラなんだろ。あんたの頭とおなじくね。いたずら好きのあんたのやりそうなことだ」
「カラではない」父ちゃんは胸を張って応えた。「この箱にはなあ、夢と希望が詰まっているんだ。この箱を開いたとたん、おまえたちの胸は夢と希望であふれかえるだろう。そして涙するだろう。さ、ささ、飲み代をとっととよこせ」
母ちゃんの財布をめぐり、壮絶なる争奪戦が展開されようとしている。
父ちゃんの三ヶ月だけ習ったことのある空手と、母ちゃんが学生時代やっていたレスリングの、異種格闘技戦。
鐘は鳴った。
「うおりゃああああ」
「わりゃあああああ」
闘いに勝利した父ちゃんは、数千円を握りしめ、夜の街へと姿を消していった。どうせ安い赤ちょうちんへでも行ったんだろう。
「あいたたたた。あの馬鹿、しょうこりもなく」
母ちゃんがよろよろ立ち上がった。ぼくは、父ちゃんの飛びげりが決まった母ちゃんの腰をさすってやった。
いつものけんかだ。なれたものだ。
クリスマスの晩だというのに、夕飯のおかずはアジの開き。豆腐のみそ汁をすすりながら、ぼくは母ちゃんに尋ねた。
「父ちゃんが持ってきたあの箱、開けてみようか」
母ちゃんはメシをかっこみながら、ぶっきらぼうに答える。
「なにが夢と希望が詰まってるだい。あんなに軽い箱、たかが知れてるよ」
「一万円札かもしれない」ぼくはポツリとつぶやいた。「ゲームが、買えるかも」
それを聞いた母ちゃんも目を輝かせた。
「そ、そうね。あの男でも、たまにはそんな粋なことするかもね。も、もしかしたらってこともあるし。開けてみようか」
ぼくと母ちゃんは箱に取りかかった。
リボンをほどき、包装を破った。段ボールでできたその箱はあまりに軽く、「カラか。父ちゃん、そんなオチか?」と、ぼくと母ちゃんを不安にさせた。が、なかにはちゃんと、プレゼントが入っていた。
一枚の、年末ジャンボ宝くじが。
確かに、夢と希望……か?
母ちゃんは無言でレスリング着に着替え、柔軟体操を始めた。見ていて、鬼気迫るものがある。
ぼくは、火に油を注ぐことになるかもしれないと危惧したが、あえて母ちゃんに進言した。
「母ちゃん。しかもこれ、去年のだ」
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