裏切り者

1/1
298人が本棚に入れています
本棚に追加
/86ページ

裏切り者

 僕から会いたいと言えば、アレクは絶対に会ってくれない。  だからジェイダにアレクには知られずに、会える時間を作ってほしいとお願いすると、その日の夜遅くなら大丈夫だと答えてくれた。  さよならをいうのは悲しいけど、この虚無感から解放されるならなんだっていい。もうどこまでも続く暗闇から解放されたかった。 「今、アレク様は書斎で仕事をされています」  ジェイダに案内されたのはアレクの書斎。  今までは、アレクが仕事をしている間、僕は書斎のソファーに座り、側室になるための色々な本を読んでいた。  ほんの数ヶ月前の出来事なのに、もう遥か昔のように感じる。  大きく深呼吸し、部屋のドアをノックする。 「ジェイダか?入れ」  ジェイダだったら、名を名乗らなくても入れてもらえるんだ……。  何も感じないはずの胸がズキンと痛む。 「何かあるのか?あるならさっさと言ってくれ」  アレクは書類から目を離さない。  最後にアレクに会う時がこんなだなんて。顔すらあげてくれないんだ。  また胸が痛む。 「僕……ここから出ていくよ。さよならアレク」  また酷いことをいわれる前に、アレクの前から逃げ出したかった。  僕は言い終わらないうちにくるりと後ろを向き走り出そうとした。その時、 「待て!」  強い口調でアレクに呼び止められる。その言葉で僕の足はピタリと止まり動かない。 「どういうつもりだ」  アレクの声に怒りが混ざる。  今まで聞いたことのない声色に、背中に嫌な汗が流れる。 「そのままの意味です」  僕は気丈に振舞った。アレクとの最後の会話。僕はアレクを恐れず対等でいたかった。 「その理由を聞いている」  アレクは僕に近ずいてくる。  怖い、どうしよう。  今すぐにも逃げ出したい。  でもきちんと言わないと。  未練が残らないように。 「アレクが僕を必要としていないなら、僕はここにいる必要はない。だって僕は偽りの側室なんだから」  初めからわかっていたはずじゃないか。僕はアレクの情で側室としておいてもらっている身分。 「出ていくだと?今更何を言っている!?そんなこと許さない!出ていくなんて絶対に許さない!」  きつく腕を掴まれる。青いアザができるかと思うぐらいきつく掴まれる。 ー痛いー  そう言いそうになったけど、 「離して」  僕はアレクを睨み返した。 「口答えするつもりか」  睨みつけられ冷たい声で言われ、全身が震える。 「自分の気持ちを言って、何が悪いの?」 「誰のためを思ってしているのか、分からないのか?」  そんなの……そんなの……。 「ちゃんと言ってくれなきゃ、わからないよ!」  ちゃんと言って欲しかった。  何故僕を避けているのか?  何故僕を嫌いになったのか?  何故僕を憎むようになったのか……。  調査に行く前までの幸せな時間はなんだったの? あれは夢だったの? 「僕はアレクが大好きだった。でもアレクはそうじゃない。僕が目障りになったんだろ? 忌々しくなったんだろ? なんの取り柄もない役立たずな僕なんて、いても邪魔なだけなんだ。もう憎いならそう言えばいいじゃないか!」  僕は叫んだ。ずっとずっと心の底にあったもの吐き出した。  僕はアレクが大好きだった。  今でも大好きだ。  大好きな人が近くにいるのに、忌み嫌われ続けるのなら、今ここで消えてしまいたい。 「アレクなんて……大嫌いだ!」 「!」  アレクは目を見開き、怒りで顔を歪めたがその瞳の奥は傷つき悲しみが浮かび、そして今にも泣きそうな表情に変わる。 「俺は……俺は……」  アレクは何が言いたそうにしているが、言葉に詰まっている。 「殿下、いつもの葡萄酒をお持ちしました」  いつの間にか俯きながら侍女がアレクの部屋に入ってきて、葡萄酒を差し出す。  なんだか嫌な予感がする。 「アレク、飲んだらだめ!」  僕が阻止するより先に、アレクはその葡萄酒を奪い取り一気に飲みほした。次の瞬間、アレクの体は大きくふらつきガクリと膝から崩れ落ちた。 「アレク!?」  駆け寄りアレクの体を支える。  でも僕の力じゃ支えるのが精一杯。 「こんなに速く効き出すとは。さすが強力な痺れ薬ね」  先ほど顔を隠しながらアレクに葡萄酒を差し出したのは、侍女の服をを着たジェイダだった。 「ジェイダ、どうして!?」 「さあ、どうしてでしょうね」  ジェイダは僕とアレクを見下ろす。  ジェイダの隣には黒いマスクで顔を隠した、全身黒ずくめの男が立っていて、その男のは手に鋭い短剣を持っている。  「本当は苦しんで死んで欲しいけど、誰か来たら困るからね。あっという間に死ねることを、ありがたく思いなさい。さぁ、こんな大量虐殺魔の男なんて、さっさとやっちゃってね」  ジェイダは軽蔑した目でアレクを見下ろす。 「言われなくてもそうする」  黒ずくめの男は持っていた短剣を振り被ると、アレクの腹部めがけて振り下ろした。 「ぐっ……!」  腹部に短剣が刺さったままのアレクが呻く。刺さった場所を見ると、みるみるうちに服が赤く染まる。 「アレク!」  僕が呼んでも答えない。  どうしよう!このままではアレクが死んでしまう! 「誰か!誰か来て!」  傷口を塞ぎたいけど、刺された場所にはまだ短剣が刺さっている。 「どけ!」  黒ずくめの男に押し飛ばされると、男はアレクの体から剣を抜く。  剣にはべっとりアレクの血がついていて、倒れ込んだアレクの下には血溜まりができる。  「アレク!」  傷口を塞ごうと駆け寄った時、脇腹に激痛が走った。  え?  激痛がする場所を見ると、僕の脇腹にも短剣が刺さっている。 「アレクを刺した犯人は、嫉妬に狂ったあなたなのよ」  ジェイダが微笑みながら僕を見下ろす。 「さよならユベール様。あちらの世界で殿下とお幸せに」  そう言われた時、脇腹に刺さっていた短剣が勢いよく抜かれた。  どうして!?どうしてそんなことを……。  問い返す間もなく、僕は暗闇へと落ちて行った。
/86ページ

最初のコメントを投稿しよう!