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1-01サキュバスの魔王
「魔王アヴァランシュ!! 私の仇!! 今日こそ死んで貰うわ!!」
「あー、あのー、ちょっと待たないか?」
「何を言ってるのよ!! あんたも悪魔族なら潔く私と戦いなさい!!」
「いや、その、とても大きな問題がな」
「問答無用!!」
「………………」
私は悪魔族のフィーネ、長い白銀の髪に金色の瞳を持つサキュバスだ。私の両手を広げたより長い柄を持つ鋭い大斧が私の武器だった、私は空からその大斧で魔王の謁見の間のガラスを割って中に入った。今日こそ私の仇である魔王アヴァランシュを倒そうと魔法城に殴り込みをかけていた、魔王アヴェランシュは黒髪に赤い瞳を持った美しい青年だった。だがどんなに美しい者であろうと私にとっては仇でしかなかった、だから私は一切手加減をせずに全力で攻撃をした。
そうして突然、魔王城の謁見の間に殴り込みをかけた私は、魔王アヴァランシュに向かって大斧を振り下ろした。魔王アヴァランシュは素早くロングソードで私の大斧を受け止めた、そうして私の攻撃をいなすようにして反撃してきた。私は身軽な体でそのロングソードの攻撃を軽く避けた、そうして魔法なんて使う隙を与えずに、私はまた力を込めて敵めがけて大斧を横なぎに打ち払った。
魔王アヴァランシュはこの私の攻撃を避けたがそれで隙ができた、魔王アヴァランシュは大きく体のバランスを崩したのだ。そこに私は渾身の重い大斧の一撃を加えた、魔王アヴァランシュはそれを剣で受けようとしたが、私の力の強さに大斧を受けとめきれなかった。そうしてとうとう私は魔王アヴァランシュ、彼の剣を弾き飛ばして私はその喉元に大斧をつきつけたのだ。
「それじゃあ、さようなら。この憎むべき私の仇!!」
「いやいや、待て!! 本当に待つんだ!!」
「何よ、今まで沢山魔族を殺したくせに!! 自分は命乞いをするの!?」
「いいや、君が誰だか全く俺は知らない、でも君は大きな勘違いをしているんだ」
そう言う魔王はとても落ち着いていて、喉元によく斬れる大斧がつきつけられている、そんな状況でも平然としていた。私としては私の家族や私の村を襲ったこの魔王を早く殺したかった、でもその大きな勘違いというのが気になったから、油断はせずに大斧をつきつけたままで彼の話を聞いてみた。そうしたら魔王はこんなことを言ってきた、それは私の今の行動を全否定するものだった。
「前魔王アヴァランシュは俺が先日倒した、俺は新しい魔王のフロンティエルという」
「え?」
「まだ俺が前魔王アヴァランシュを倒して一週間も経っていない、だから君は知らなかったんだろう」
「え?」
「君の仇とやらの前魔王アヴァランシュは、手足を切り落とされて煉獄の崖から落ちていった。だから君にとってとても残念だろうが、俺は君の仇ではないんだ」
「うっ、嘘を言っても無駄よ!?」
私は自分の村を滅ぼした魔王アヴァランシュの顔を知らなかった、それは私の村が滅ぼされた時に私がまだ五十歳くらいの子どもだったからだった。それでも父親が魔族により苦しむように腹を刺されて死ぬのを見た、母親が魔族たちから凌辱されたあげくに殺されるのを見た。だから私は絶対にこんな勝手な魔族を統治している魔王、そう魔王アヴァランシュを殺そうと誓っていたのだ。
でもフロンティエルという現魔王が嘘をついている様子は無かった、私はサキュバスだったから相手の感情や嘘に敏感だった。そんな私が見て話しを聞く限り魔王フロンティエル、そう名乗った男性は嘘をついていなかった、私は顔がすぐに真っ赤になっていくのが分かった。私はとんでもない大きな勘違いをして魔王城に殴り込みかけたのだ、もう私が倒すべき憎き魔王アヴァランシュはここにはいなかった。
「え? やだ!? ごめんなさい!!」
「いや、君が俺の話を聞いてくれて助かった」
「私もう帰るわ!? 本当にごめんなさい!!」
「いや、今更帰られても俺が困ってしまう」
「ええと、どういうこと?」
「そうだな、とりあえずは俺につきつけている大斧をどかしてくれ」
そうして私が魔王フロンティエルからバッと離れると、彼は私に対して改めて臣下の礼をした。どうして魔王の彼が私に対して、わざわざ臣下の礼をとるのか分からなかった。そうして片膝をつき私を見上げた魔王フロンティエルは、私の手をとりその指先にキスをした。それは私への賞賛や感謝を表していた、私はキスには驚かなかったがまた訳が分からなくなった。
「君の名前を教えてくれるか?」
「え? わっ、私はフィーネ。サキュバスのフィーネよ」
「サキュバスであんなに強いとは凄い、それでは皆よ。今ここに誕生した、新しい魔王フィーネを祝福しよう」
「えええ!?」
「俺は魔王だった、その俺を倒したのだから君が次の魔王だ」
「え? いや!? わっ、私は勘違いをしただけで……」
私は魔王になんてなるつもりはなかった、ただ私の住んでいた村を滅ぼした魔王軍、その頂点にいる管理者である魔王に復讐したいだけだった。でも私が倒したのは別の魔王だった、私の復讐とは全く関係ない魔王だった。それに私は自分が魔王になる気もなかった、だから慌てて私はこの場から逃げ出そうとした、そうしたらフロンティエルが私の手をしっかりと握って放してくれなかった。
「おめでとう、魔王フィーネ」
「わっ、私は魔王になんてならないわ!!」
「いやもう既に君は魔王だ、そう城全体に知られている」
「何でそんなに仕事が早いのよ!? いいから魔王の座は貴方に返すわ!! フロンティエル!!」
「俺は一度負けたのだから、魔王の座を返されても困る。ああ、それから俺のことはティエルと呼んで欲しい」
「ティエル!! それじゃ、私と今すぐに勝負して!! そして貴方が魔王に戻って!!」
そう私はティエルに言ったのだが時は既に遅かった、魔王城のあちこちから新魔王フィーネさま万歳という声が上がった。そうして私は沢山の侍女たちに囲まれて、あたふたしているうちに魔王の部屋につれていかれた。私は何が何だか分からなくなっていた、私は前魔王のアヴァランシュに復讐したいだけの小娘だった、決して魔王なんて責任の重そうな地位につく気はなかった。
そんな私にティエルという前魔王がついてきていた、彼はちょっとだけホッとしたような笑顔を浮かべて私に話しかけた。それは魔王がすべき執務についての引継ぎの話だった、私は冗談じゃないと思って臣下の礼をとるティエルをその場に押し倒して捕まえた。ティエルは彼に馬乗りになった私に驚いていた、男性としてはとても綺麗な顔が真っ赤になるくらいに驚いていた。
魔王なら傍におく女性なんてよりどりみどりのはずだった、でもティエルはまだ魔王になって一週間も経っていなかったのだ。だから女性に対して免疫がないのかと私は思った、サキュバスである私にとってはこのくらいの男性との接触は気にならなかった。そうして私はティエルが逃げ出さないようにしっかり押し倒してから、絶対にこの男を逃がすまいと思って新魔王として命令した。
「ティエル、貴方を私の側近にするわ!!」
「わっ、分かった!? それは別に良いのだが、どうか俺の上からどいてくれ!?」
「ティエル、貴方は女性に慣れてないの? 顔が赤いわ、大丈夫?」
「おっ、俺は強くなるのに夢中で、女なんかに構っている暇が無かった!!」
「それなら今から慣れなくちゃ、ティエルは私の側近になるんだもの」
「そっ、それは分かったから!! だからとにかく俺の上からどいてくれ!!」
私はティエルが私の側近になるという言質はとったから彼を解放してあげた、私が彼の体から離れるとティエルは顔を真っ赤にしたままで立ち上がった。そして私に魔王がするべき執務について話してくれたが、彼は女性との接触に本当に慣れてないらしく、そのせいであんまりにも焦って早口で喋り過ぎた。だから私は彼の言っていることの半分も分からなかった、私はそんなティエルの手を握ってこう言った。
「ティエルったら落ち着いて、ちょっと体が触れただけじゃない。このくらいは平気にならないと、サキュバスの相手なんてしてられないわよ」
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