1-11禁忌の術

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1-11禁忌の術

「いいか、フィーネ。いつでも俺を捨てていいんだぜ、俺のお姫様が幸せになるならそれでいい」 「それは無理よ、リヒト。だって、リヒトは私のことをずっと育てて守ってくれたわ」 「だからこそ捨てたっていいんだ、いつか子どもは親から自立するのさ」 「リヒトがいなくなったら私は一人ぼっちよ、ティエルしか私の傍にはいなくなっちゃう」 「それでいいじゃねぇか、あのティエルって奴も本当はそう望んでいる」 「むっ、ティエルは確かにいつもリヒトとティエル自身のことを比べるけど、だからってリヒトをそんなに嫌っていないわ」  私はリヒトが私にリヒトのことを捨てるように言うから、その場では何も言えず夜になったらリヒトに抗議しにいった。でもリヒトは全く反省していなかった、確かに私はもう大人になったのだから、リヒトから自立したって良かった。でも私が自立したとしても、私はリヒトから離れたくなかった。この百年の私を支えてくれたのはリヒトだった、だから何が遭ったって私はリヒトを見捨てられなかった。  私は逆にリヒトから見捨てられてような気分になって、ティエルの部屋にいつものように入った。ティエルは今にも泣き出しそうな顔をしていた、そんな私のことをとても心配してくれた。だからリヒトが言ったことをティエルに伝えると、彼は私を優しく抱きしめながら、とても大事なことを言ってくれた。私は逞しいティエルの腕に抱かれながら、リヒトについてこう教えて貰った。 「俺の母であるアサンシオンが生きていたら、俺だって母をきっと大事にするだろう」 「それじゃ、私はリヒトを無理に捨てなくても良いの?」 「ああ、君にとってリヒトという男性は、両親と同じくらい大切な家族だ」 「うん、そうよ。私にとってリヒトは大切な家族、だから見捨てるなんてことはできないわ」 「以前に俺がした馬鹿な質問は考えなくていい、恋人と家族を天秤にかけて平気だなんて寂しい」 「私の答えはやっぱり変わらないわ、二人とも助けるか、先に死にそうな方を助けるわ」  私の素直な気持ちを伝えると、ティエルは優しく微笑んで私にキスしてくれた、こうやって彼からしてくれるキスはとても素敵なことだった。だから私は喜んでそのキスに応えて、ティエルにもキスをした。その夜のティエルはいつもより優しかった、自分が言ったことを反省しているようだった。私はそんな可愛いティエルに抱きしめて貰って、また幸福な夢を見ながら眠りについた。  翌日も私とティエルは魔王の執務をしていた、また一つの小さな村が焼かれて人々が死んだ。そう報告を受けて私は悲しみ自分の手を見て思った、どんなに全てを守ろうとしてみても、私の小さな手からは零れ落ちてしまうものがあったからだ。ティエルも私と同じで悲しみ同時に怒っていた、罪もない魔族を殺す者に対して激しく怒っていた、そしてティエルは良い報告も持ってきていた。 「フィーネ、村を襲った賊を魔王軍で何人か捕まえた」 「あらっ、それなら村を襲う犯人も分かったの?」 「ああ、元魔王アヴァランシュに仕えていた連中だった」 「それじゃ、特別だわ。とても残酷に殺してあげなくちゃ」 「だが奴らがおかしなことを言うんだ、魔王アヴァランシュが復活すると言っているらしい」 「ええ!? あの悪魔が復活するの!?」  元魔王アヴァランシュは私にとっても仇だった、そしてティエルにとっても憎い仇だった。ティエルは確かに元魔王アヴァランシュを殺したと言った、手足を切り落としてからそして心臓が止まっていることを確認していた。そうしてティエルは元魔王アヴァランシュを崖から捨てた、魔国の地を汚さないように煉獄の崖と呼ばれている、汚れている土地にその体を捨てたと言った。 「もしかしたら残された遺体に、死霊がついたのかもしれない」 「どこまでもしつこくて嫌な男ね、もしそうなら浄化をする上級魔法が必要だわ」 「俺は浄化の魔法は使えるが、中級魔法までしか使えない」 「私も同じよ、だから急いで浄化の上級魔法を勉強するわ」 「それが俺にとっては嫌な話だが、ヘレンシアが浄化の上級魔法を使えるはずだ」 「むぅ、それは私にとっても嫌な話ね。私はティエルが好き、だからあの女は嫌い」  私は執務をしながら浄化の上級魔法の勉強もはじめた、上級魔法は使うのに適性が必要になる魔法だ。滅多に使える魔族や人間がいなかった、国に二、三人いれば良い方だった。私も別の上級魔法なら使えた、だから練習すれば浄化の上級魔法を使える可能性があった。ティエルもあの女に頼るのは嫌だったようで、私と同じように仕事と一緒に勉強をしていた。 「ティエル、私をしっかりと抱きしめて、眠っている間ずっと傍にいて」 「ああ、もちろん君の傍にいる、俺は君のことが好きだからな」 「あの元魔王アヴァランシュがいるなんて、たとえグールやゾンビでも怖いの」 「俺の傍からフィーネも離れないでくれ、俺だってあいつとまた戦うのは怖いんだ」 「どうか、私たちに勝利がありますように」 「ああ、そうだ。俺たちに勝利があらんことを祈ろう」  そうして私とティエルはお互いを守るように一緒に眠っていた、私がティエルと離れるとまた父さんと母さんが殺される悪夢を見るようになった。それで泣いてしまったが、今の私にはティエルがいた。彼にしっかりと抱きしめられていれば悪夢を見なくて済んだ、ティエルも私のことを抱きしめて放してくれなかった。そうやって夜の間中、私たちはずっと二人で抱き合っていた。  そんなある日のことだった、ティエルの元婚約者であるヘレンシアが魔王城にやってきた。そして魔王城の護衛の一人にしてくれるように言ってきた、理由はやっぱり元魔王アヴァランシュ、彼の復活を阻止してその遺体を浄化するためだった。ヘレンシアはティエルに向かって、清らかな聖女のように話しかけていた。 「元魔王アヴァランシュがアンデッドとして復活するなら、(わたくし)の浄化の上級魔法がとても有効です」 「その話をどこで聞いた?」 「もう街や村で噂になっています、どうか(わたくし)にこの魔王城を守る栄誉をお与えください」 「確かに死霊には浄化魔法が有効だが、君の家は元魔王アヴァランシュの家来だった」 「それは父の時代の話です、(わたくし)は女王フィーネさまに忠誠を誓っております」 「だがもう必要ない、この魔王城は俺と何よりフィーネが守ってみせる」  ヘレンシアは自分がティエルから拒否されたのだと分かるのに時間がかかった、そして死霊魔法がいかに禁忌に触れる魔法かと言って浄化魔王が使える自分、そうヘレンシアがいかに貴重かと話してどうにかしてこの魔王城に入ろうとしていた。でも私もティエルもヘレンシアを魔王城内に入れる気はなかった、誰が好き好んで鼠が出るからといって泥棒猫を家に入れるわけがなかった。こんな状況で魔王城内に入りこもうとする者は怪しかった、ヘレンシアはとくに怪し過ぎるくらいだった。  ヘレンシアは全く私たちから信用されてなかった、それにティエルが元魔王アヴァランシュが故意にアンデッド化された。その可能性を考えていないわけがなかった、だから死霊魔法の本など禁忌の術に関する物を今は調べていたのだ。それはこの魔王城の封じられた図書室にもあったが、そこは厳重に守られていて無事だった。だから他の貴族がとても怪しかった、特にこんな状況で親切そうに声をかけるヘレンシアは怪し過ぎた。 「どっ、どうか(わたくし)を信じてください!! 必ずや元魔王アヴァランシュを倒してみせます」
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