神那月 ―かんなづきー

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教室の窓の外を、黒い影が上から下へサッと()ぎり行くのが見えた。 私たちの教室は校舎の三階、つまり最上階に在るので、それは屋上から落ちてきたのだろう。 黒い影は続けざまにバラバラと落ちていく。 目を凝らして見詰めると、それはどうやらクラスメイト達のようだった。 彼らはパニックになって屋上へと逃げていった挙句、狂乱も収まらぬままに屋上から次々と落ちてしまっているのだろう。 黒い影が窓を過ぎって少し経ってから「ドプン、ドプン」という水音にも似た響きが聞こえてくる。 「あれ、何の音かな?」と私は蛇守くんに訊ねる。 「あぁ、あれは沼に落ちる音だよ」と蛇守くんは言葉を返す。 あぁ……、あの沼かと私は内心にて嘆息する。 校舎のすぐ傍にある沼、そこに落ちてしまった者は底のほうへと引き摺り込まれ、翌日になって這い出してくる頃には河童になり果てているのだ。 沼に誤って落ちてしまった挙句に河童となってしまう生徒は年に幾人か居るらしい。 もっとも河童になったところで、その見た目はこれまでと殆ど変わらない。 頭に皿があって甲羅を背負っていて、そして深緑の肌というのは戯画化されたイメージでしかない。 河童の特徴と言っても、肌が僅かに緑黒色を帯びてみたり、あるいは髪の毛が湿りがちになる程度だ。 あと、仄かに藻の臭いがするようになるとのことだ。 沼の底に一昼夜留まってしまうので、その臭いが身体中に染み付いてしまうらしい。 一人や二人ならともかく、クラスメイトの大半が河童になってしまったら教室の中が藻の臭いで酷くなって困るかもしれないと思った。 アロマオイルを垂らしたマスクを着ける必要があるかもしれない。 だとすると、どのアロマオイルが良いか蛇守くんの家に行って確認しなければならない。 蛇が好まぬ匂いを身に纏っていたら、彼らに迷惑が掛ってしまうから。 白米を噛み締めつつ、私はチラリと大垣くんのほうを見遣る。 俯せに倒れた大垣くんの身体は小刻みに震えている。 昼休みが終わるころには、あちこちが壊れた旧い身体の中から新しい大垣くんが這い出してくるんだろう。 彼の身体は大きく傷付いた時、その中に新たな大垣くんを造り出す。 新しい大垣くんは蛹の外皮を破るようにして旧い身体から這い出してくるのだ。 その時には性格や容姿も大きく変わっている。 次の大垣くんは今までの彼よりもマトモならいいのに。 蛇守くんもそう思っているに違いない。 もしも碌で無しな大垣くんであり、そして蛇守くんの気分を害するようだったら、機会を見つけて痛めつければ良いだけなのだ。
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