神那月 ―かんなづきー

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教室の入口からは幾人かの多治見さんが落ち着き無さげに室内を覗き込んでいる。 多治見さんは六つ子だけれども皆の人格は一つだそうだ。 所謂『多重人格』は一人の身体の中に幾つもの人格が在るという状態らしいけど、多治見さんはその逆、つまりは一つの人格が幾つかの身体を持っている状態らしい。 だから、このクラスの多治見さんが死んでしまったとしても、彼女の人格は残った五つの身体の中にちゃんと生きているから、取り立てて問題も無いのだろう。 教室の隅のほうでは高山くんがコソコソと着替えをしているようだ。 涙と鼻水で汚れた上着、股間が濡れたズボンを脱いでジャージへと着替えている。 流石にあのままでは午後の授業を受けることも出来ないのだろう。 「ねぇ狐上さんったら! 余所見なんかしていないでさ、早く肉を食べさせておくれよ」 急かすような蛇守くんの声が耳に入る。 私は慌てて彼のほうを見遣る。 薄青の瞳は、やや熱のある色合いを湛えていた。 私は「ごめんごめん!」と侘びの言葉を述べながら彼の口へと肉を運ぶ。 蛇守くんは(とろ)けるような笑みを浮かべつつ私の箸先から肉を咥え込む。 私は手元に戻した箸の先をじっとりと(ねぶ)ってから再び肉を掴み上げ、彼が咀嚼する様をじっと見詰める。 肉が彼の口の中で噛みしだかれ、私の唾液と混じり合い、そして彼を満たしていく。 そのうち彼の血肉となっていくのだろう。 何物よりも彼の近くに在ることが出来る、いや、彼のひとつになれる肉のことが何とも羨ましく思えてしまった。 白くほっそりとした指が持つ黒の塗箸、それが米を掴み上げて私の口元へと差し出してくる。 米は艶やかに白く輝いている。 私はそれを咥え込み、噛み締める。 米は熱こそ失ってはいたもののモッチリとした食感を(たた)えていて、海苔の佃煮の塩気や風味は程良いアクセントを加えているように感じられた。 紐のババア、ざまあみろと思った。 あのババアが折角届けた弁当は、こうして別の女に美味しく食べられてしまう訳だ。 この様を見たのなら、きっと地団駄を踏んで口惜しがりでもするのだろう。
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