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フゥと大きく溜息を吐いた私は、踵を返して悲鳴の発端と思しき場所へと歩み行く。
右のつま先はジンワリと痛くて大垣くんのことが何とも癪に思えてしまった。
白目を剥いて床に倒れていた多治見さんがビクンビクンとその身体を痙攣させる様が目に入る。
痙攣はじきに収まり、彼女は白目を剥いたままでピクリとも動かなくなった。
呆けたように大きく開かれた口からは最早泡などは吐き出されておらず、黒々とした口の中の様には何とも言えぬ虚めいた印象を抱かされた。
多治見さんが動かなくなったのを見届けた私は、この混沌の発端となった場所へと顔を向ける。
その場所には、蛇守くんが居た。
蛇守くんは先程の騒ぎなどまるで無かったかのように、彼の席に端然と座っていた。
彼の周りにだけはしんとした雰囲気が、そしてひやりとした空気が漂っているように感じられた。
彼の机の上に蓋の開いたアルマイトの弁当箱が載っているのが見えた。
心持ち微笑みを浮かべた私は、胸の前で右手を小さく振りながら蛇守くんへと声を掛ける。
「蛇守くん、ご機嫌よう」と。
蛇守くんは私のほうへとその顔を向ける。
細く柔らかな髪がさらりと揺れ、やや青みを帯びた瞳が私をその中に映し込む。
「狐上さん、ご機嫌よう。
弁当の蓋を開けたくらいでこの騒ぎだよ、困ったもんだ」
そう言葉を返した蛇守くんはゆるりと項垂れて、呆れ果てたかのようにふぅと溜息を吐く。
色白で、そしてほっそりとした躯付きの蛇守くんには物憂げな雰囲気が似合うなと改めて思った。
私は視線を巡らし蛇守くんの机の上に在る蓋の開いた弁当箱を見遣る。
彼の弁当箱には白米だけが詰め込まれていた。
その白米の上には海苔の佃煮で描いたと思しき『死』という文字がおどろおどろしくも黒々と、そして大袈裟に記されていた。
やれやれと思った私は、呆れ果てた口調にて蛇守くんに声を掛ける。
「蛇守くん、そのお弁当って良くないと思うよ。
大袈裟に『死』なんて書いてあるお弁当なんか見た日には、うちのクラスメイト達なんかひとたまりもないよ。
みんな実にセンシティブだからねぇ……」
そうなのだ。
多治見さんも高山くんも大垣くんも、教室から逃げ出した他の生徒達も、みな蛇守くんの『死』と書かれた弁当を見、驚きと恐怖の余り錯乱状態に陥ってしまったのだ。
うちのクラスメイト達は無駄にセンシティブなので本当に困ってしまう。
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