神那月 ―かんなづきー

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やや剣呑な私の口調に構うことも無いままに、蛇守くんは淡々と言葉を続ける。 「僕の部屋ってさ、壁に穴が空いているでしょ?」と。 蛇守くんはその右手を私の目の前へと突き出し、白くてほっそりとした親指と中指とで輪っかを作って見せる。 そう、彼の部屋の壁には五センチほどの穴があるのだ。 家の外に面した壁や、廊下との境の壁など、その下端に穴が空いているのだ。 彼の部屋に初めて遊びに行った時、そのことを不思議に思った私は理由を訊ねてみた。 蛇守くんは蛇の通り道だと答えた。 その苗字の通り、彼の家系は蛇にご縁があるとのことだ。 広々とした屋敷の一角には蛇を祀る祠まで在ったりする。 それ故か、蛇が彼の部屋へと入ってくるのは日常のことらしい。 彼の部屋やご家族が過ごす広間は勿論のこと、廊下、そしてトイレにまで何匹もの蛇が居た。 多くの蛇達は壁に沿うようにしてその身体を伸ばし、機嫌良さげに紅く細い舌をチロチロとその口から出入りさせていた。 毒蛇も入って来るそうだが、噛むなどといった悪さをする訳ではないらしい。 実際、私が彼の部屋にお邪魔していた時、蛇が壁の穴から出入りするのを何度も目にしたものだった。 縞蛇やら青大将やら、大小さまざま色とりどりの蛇たちが出たり入ったりしていたものだった。 黒々たる色合いを帯びた蛇が紅い舌をちらつかせつつ壁の穴から窺うようにして顔を出し、そして音も無くスルリとその身体を滑り入らせる様は、最初の頃こそ不気味に思えたものの、それを幾度も目にしているうちに何とも思わなくなってしまっていた。 蛇たちも狐上さんのことを気に入ったみたいだ、と安堵めいた口調で呟いた蛇守くんの様が思い出される。 心中にて湧き上がる恥じらいめいた思いを誤魔化すように、敢えて気色ばんだ口調にて彼へと問い掛ける。 「壁の穴とそのババアってさ、一体どんな関係があるって言うの?」と。 彼はやや困ったような微笑みをその顔に浮かべつつ、こう言葉を返す。 「二週間くらい前からかな? 壁の穴からババアが入って来るようになったんだよ」と。 彼のその言葉を耳にした私は、きっと唖然とした表情をしていたんだと思う。 そんな私の表情を面白く思ったのか、彼は(ほの)かながらも自慢げな表情をその顔に浮かべ、そしてこう言葉を続ける。 「あれは満月の夜のことだったかな? 机に向かって勉強をしていたら、何時の間にかババアが部屋の中に居てさ。 髪の毛はモジャモジャで殆どが白髪で、着ているものも()()ぎだらけの綿入れみたいなものだし、おまけに野焼きみたいな臭いはするし。 もうホントに見窄(みすぼ)らしくて汚らしいババアだったよ。 流石に僕も驚いてさ、『何ですか貴方は?!』って思わず叫んだら、慌てて壁の穴から出て行ったんだよ」 突拍子も無い話に思えたけれども、取り敢えずは頷いて見せる。
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