神那月 ―かんなづきー

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蛇守くんは話を続ける。 「そのババアが床に這いつくばって壁の穴に頭を当てるとさ、まるで吸い込まれるようにしてシュルッと部屋から出て行ったんだよ。 あれは見物だったね」 小汚いババアが紐のように細くなり、そして穴から出て行く様を想像すると何とも滑稽だったし、蛇守くんが呆然とその様を見ている姿を思い浮かべると何だか面白くも思えてしまった。 でも、それを彼に悟られるのは何となく癪だったので、敢えて無作法な調子にてこう口にする。 「穴から出て行く途中にちょん切れば良かったのに、その紐みたいなババア!」と。 彼は頭を左右に振り、その眉を(ひそ)めながらこう答える。 「僕もそう思ったよ、気持ち悪くて不愉快だし、汚い上に変な臭いだってするし。 でも、ぶった切って臭い汁でも流されたら蛇達に迷惑が掛ってしまうなって思って止めたんだよ」 そういう理由なら仕方が無い。 蛇守くんの家に来る蛇たちは決して悪さをしないし、彼の一家としても蛇たちを粗略に扱うことなど決して無いのだ。 大きくて、そして築百年以上と古いけれども現代風にリフォームされたその家の中は、蛇たちが快適に過ごせるようにと全ての部屋は勿論のこと、廊下にまで床暖房が設けられているし、蛇たちが何時でも渇きを癒やせるようにと新鮮な水を湛えた鉢が家中の至る所に置かれているのだ。 蛇たちが卵を産むための小部屋だってあるとのことだ。 納得したかのような私の雰囲気に安堵を覚えたのか、蛇守くんは言葉を続ける。 「でもね、それから三日に一度はそのババアが部屋にやって来るようになってさ。 それも僕が眠りに就いた後に入って来るんだ。 夜中にふと気が付くんだ、そのババアが僕のベッドの傍に立っていることに。 そしてババアはね、僕の顔を見詰めながら何やらブツブツと唱えているんだよ」 私の表情が強張りつつあることを知ってか知らずか、蛇守くんは淡々と話を続ける。 「まぁ、変なことをするようだったら蛇たちが見過ごすことは無いだろうから放っておいたんだ。 でもね、昨日の夜なんだけど、ババアは僕に覆い被さろうとしてきたんだ」 私は思わず席から立ち上がっていた。 顔に浮かぶ表情が引き攣っていることが自分でも判った。 「安心しなよ狐上さん! 変なことは何も無いからさ!」 やや慌てたような調子で蛇守くんはそう口にする。 動揺した様をあからさまにしてしまったことを心中にて恥じながら、私は再び席へと座る。
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