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第3話
捻挫をした右足首の痛みは少し治っている感じだ。薬を飲んだのも良かったのかもしれない。
朝起きて、気分はスッキリとしている。
ノエは大きく欠伸をした。
ベッドの脇には祖母と二人で写っている写真が置いてある。昨日、武蔵が手にしていたもので、武蔵が一番気に入ったと言っていたものだ。小さい頃のノエは祖母の手をいつも握っていた。写真の中でも笑いながら祖母と手を繋いでいる。
その写真を見てクスッとノエは笑った。なんだ、写真を見ても笑えるじゃんと思って気持ちが軽くなった。祖母がいなくなってから写真を見るのも悲しかったけど、案外もう大丈夫そうだ。武蔵のおかげだなと思う。
何時だろうと、写真と一緒に置いてあったスマホを手繰り寄せる。スマホもここにあるってことは、武蔵が置いていってくれたんだなとわかる。
スマホを見ると朝8時だ。武蔵からメッセージも届いている。『起きたら連絡しろよ』と書いてあった。
だから『昨日はありがとうございました。何から何まで色々すいません』と返信をする。すると、その後すぐに廊下を歩く音が聞こえてきた。
「よお!起きたか?おはよう」
「えっ?武蔵さん?」
「朝ごはん出来てるぞ。着替えるか?」
さっき来たんだと言われ驚く。武蔵は、朝早くから車で自宅とノエの家を何往復かしているようだった。
今朝もノエは武蔵に抱き上げられる。昨日と同じく、着替えを手伝われて、顔を洗うのも付き添われた。
もう足の負傷は大丈夫だと言っても『まだダメ』と、武蔵は笑って許してくれないから、ノエもつられてケラケラと笑ってしまった。武蔵は本当に過保護すぎる。
その後は、見慣れた自宅のキッチンに抱き上げられながら連れて行かれる。キッチンには武蔵の家で見たことがある調味料などが置いてあった。
そして「朝ごはん食べようぜ」と、武蔵は言っていた。
「…うわぁ、これ?凄い!…えっ、嘘…」
朝ごはんは和食だった。まるで祖母のご飯のようだ。武蔵が作る料理はいつも洋食だから意外である。
「おばあちゃんの写真を何枚も見たよ。朝ごはんはこれが定番っぽいな。卵焼きがちょっとわかんなかった。何か入ってそうなんだよな…うーん…」
武蔵は、祖母の部屋の写真の海の中から、ノエが小さな頃食べていた食事中の写真を見つけ出していた。
祖母がいつも写真を撮るのは家の中や食事中が多かった。だから、写真の端に何かしらの料理が写っているものが多い。武蔵はそれを見て、朝ごはんのヒントにしたんだと嬉しそうに言う。
「いただきます」と、声をそろえて二人で朝ごはんを食べる。
武蔵とは、ずーっと前からここで一緒に食事をしているような感覚があった。不思議な気持ちだった。
「おばあちゃんの卵焼きは…海苔が入ってた。たまに青のりとかになってたかな。武蔵さん…お味噌汁美味しい。おばあちゃんのと同じ味がする…」
「マジかっ!よかったぁ〜…写真を何枚も見てさ、多分おばあちゃんは白味噌が多めなんだろうなって思ったんだよ」
「へぇ…すごい…」
武蔵の料理に対する観察力は凄い。写真からの情報で料理を再現できるようだ。朝ごはんは、ノエが思い出す祖母のご飯に近かった。
「キッチンにはさ…ノエのおばあちゃんからのメッセージがいっぱいあるよ。後で見てみる?」
武蔵にそう言われ、朝ごはんの後また横抱きにされてノエはキッチンまで移動した。キッチンには椅子が置いてあり、そこに座らせてくれたけど、相変わらずひとりで歩かせてくれない。
「うーんと…ほら、これとか、これもか。おばあちゃんは、ノエの好きなものとか、食べて喜んだ時とか、メモに記録として残しておいたみたいだぞ」
レシピのようなものや、メッセージのようなものがキッチンから見つかった。武蔵から手渡されたものは全て、祖母の字で書き込まれたものだった。
夏になると素麺を好んで食べる。茗荷は苦手だけどネギは好きだとか書いてある。冬には鍋にすると喜ぶ。カニが好きでよく食べるなども書いてあった。
「おばあちゃんよく見てるよなぁ。ノエはシンプルな食事を好むけど、その中でもたまーに、あれ?って思う料理が好きだったりするだろ?それが細かく書いてある。それにほら、冬は風邪をひきやすくなるから味噌汁多めってあるぞ。面白いよな」
「おばあちゃんが…これ残してたの?」
メモ書きから走り書きである。祖母の密かなメッセージを見て胸がいっぱいになった。何も言わずに食事を作ってくれていたけど、ノエのことを見ていてくれたようだ。体調を気にかけたり、ノエの喜ぶ様子を祖母はメモに残していてくれた。
「おいで、ノエ。ソファに行こうか」
両手を広げて武蔵はまたノエを抱き上げる。自然に武蔵の首に両手を回していた。昨日から何度も抱き上げてくれているので、ノエからも無意識に武蔵を抱きしめている。
ノエをソファに下ろすことなく、抱っこしたまま武蔵はソファに座った。武蔵の膝の上にノエは座っているが、妙に安定感があり安心してしまう。ノエの両手はまだ武蔵の首に巻かれている。
「今日は大晦日だろ?何作ろうかなって考えたけど、おばあちゃんからのメッセージを受け取ったから、そこに書いてあるやつも作ってみようかなって思ってるよ」
「でも…武蔵さんのパスタも食べたい」
「おおっ?リクエストしてくれる?嬉しいな。じゃあ張り切っちゃおうかな」
武蔵に片手で頭をまた撫でられる。反対の手ではノエの背中を支えてくれていた。
少しだけ涙が出てしまった。祖母を思い出し、メッセージを見て驚いてしまったからだと思う。
武蔵は、ノエが泣いているのがわかったと思うが、知らんぷりしてくれている。ギュッと抱きしめられたから、武蔵のTシャツで涙を拭くようにと、言われたような気がした。やっぱり武蔵は優しい。
「よーし!じゃあ、何する?映画見るか!やっぱゾンビから見る?」
「えーっ、ゾンビは嫌だってば!コメディにしよう?」
「おおっ、いいぞ!じゃあ、そうするか」
もう涙は流さないようにと、明るい話題をふられる。武蔵の配慮が痛いほど響く。
武蔵はリビングにプロジェクターを広げて映画を見れるようにしてくれていた。
コメディドラマを選択して正解。二人で肩を叩き合って笑った。
昼にはノエのリクエストで武蔵はパスタを作ってくれた。自宅のキッチンを使いパスタを作る武蔵を椅子に座りながら眺めていた。ノエの好きな人は料理を作る時、真剣な職人のような顔になる。その横顔をこっそり見るのが好きだった。
久しぶりに食べる武蔵のパスタは美味しい。ノエの好みを把握しているようである。店で出すのとはちょっと違う、ノエが好きな特別の味がする。どんなところで、いつ好みが把握されたのかわからないけど、自分を知ってくれているなぁと感じて何だか嬉しかった。
ノエの家のキッチンは使いやすいと武蔵は言う。それに、色んなところに隠されていたような、祖母からのメッセージを二人で次々と見つけることが出来た。クリスマスでもないのに宝探しのプレゼントみたいで、ちょっと楽しかった。
『納豆は嫌いだと言って泣いていた』というメッセージや『好き嫌いが多い奴め!』と、若干ノエに怒ってるメッセージまで見つかり、武蔵とノエは声を上げて笑った。
「ノエのおばあちゃんは面白いな」
「そう!面白い人だったよ。おばあちゃん大好きだったもん」
「そうか…」
キッチンでひと通りメッセージを探し終えた後、武蔵が祖母の部屋から何枚も写真を持ってきてくれた。リビングには、新しい写真の山が出来ている。
二人で写真を見てまた爆笑する。ノエの小さい頃の写真は可愛いが、中学生くらいになると、思春期全開で無愛想な顔をしているものもあった。それを見て面白いと武蔵は言う。ノエのツーンとしている顔や、怒ってる顔が可笑しくてたまらないらしく、膝を叩いて笑っている。
ノエが「失礼だなっ!」と怒るも「よく見ろよ!可愛いぞ?」と武蔵はずっと笑っていた。
「だけど、思春期の時もおばあちゃんは写真を撮ってくれてたんだな」と言われて、何だか胸がいっぱいになった。
ノエが物心ついた頃から母親はいなかったから子供の頃は、祖母がいつもそばにいてくれた。
祖母はノエの一番の味方であり、たまに友達のようであり、そして母の代わりのようだった。
そんな祖母がいなくなったことにずっと目を背けてきたけれど、祖母との思い出にやっと向き合えたなと今日は感じた。
そんな考えを持たせてくれたのは、武蔵がきっかけを作ってくれたからだと思う。
武蔵は色んな料理を作ってくれている。だから常に何かしら摘みながら、映画を見たり、写真で笑ったりしていた。どれもこれもノエの好きなものが手の届く範囲に置いてある感じだ。
「好きな物に囲まれた年越しなんて最高!足を怪我しなければよかったなぁ。悔やむのはそこだけだよ」
「でもよ、足の怪我は休みの間でよかったよな。仕事復帰出来そうか?難しかったら気にせずしっかり休めよ?」
「大丈夫でしょ。今だって歩けるよ?昨日よりも痛みは少ないし。だからもう抱き上げなくて大丈夫ですから」
「いーや、まだダメだな。そうだ、風呂入るか?また風呂の外で待ってるから」
「えーっ!またぁ?もう…いいよ、ひとりで出来るし。あっ、武蔵さん先に入ってきて。タオルはバスルームにあるでしょ?それから、やっぱりお布団出すから…」
先週布団を干しておいて良かった。普段は使いもしないけど、もしかしたら父が来るかもしれないと思って干しておいたやつだ。
ソファから立ちあがろうとすると、武蔵はまた抱き上げようとする。ノエが文句を言っても、武蔵は笑ってばかりで聞いてくれない。仕方がないから布団が置いてある場所を武蔵に伝えると、リビングまで持ってきてくれた。
「マットレスあったよ?これでいい?めっちゃ大きいじゃんコレ。じゃあ…よし、ここにこれを敷いて、この上でまた映画を見よう。年越しはここで過ごそうぜ。だけど、先に風呂に入っておくか」
お客様用の布団ではなく、しまってあったマットレスを手にして武蔵は戻ってきた。
「それじゃない!」と言うも「いいじゃんこれで」と返される。
ダブルサイズのマットレスは、場所を取るからしまっておいたやつだ。だけど、大きなサイズはリビングに敷き、二人で使うと丁度いい感じに思えた。二人で子供のようにマットレスの上ではしゃいで遊んでしまった。
大きすぎて使い道に困っていたものだけど、二人で使うとソファのようにも使え、ゆっくりできて心地よい。こんな使い道が出来るんなんだなと、ノエは思った。二人で過ごすと色んな発見がある。
ひと通りふざけ合った後、やっと二人で交互にシャワーを浴びることが出来た。やっぱり今日もドライヤーでノエの髪を乾かすのは武蔵である。
「負傷したのは足首だからドライヤーは使える!」と、またノエは文句を言うが、武蔵は構わず「俺にやらせろ」の一点張りであった。じっと座って武蔵にされるがままの行為は恥ずかしいけど、ノエは嬉しかった。
怪我をしてから武蔵に甘えてしまう。いつもの自分じゃない感じで気恥ずかしいけど、武蔵の甘やかし方が上手いからいけないんだと、ノエが言うと、武蔵は楽しそうに声を上げて笑っていた。
お風呂上がりに二人でまたマットレスの上でゴロゴロしながら映画を見る。ダブルのマットレスは二人で横に寝転んでもまだ余る。ひとりでは大きすぎるけど、二人でいるとやっぱり心地が良かった。
朝から何だかかんだと二人で笑って過ごしてたらあっという間に年越しの時間に近づいてくる。もうあと少しで新年だ。
映画も飽きてきてしまい、見るものがなくなってきた。スクリーンに映るのは、配信映像のホーム画面だ。二人でボケっとその画面を眺めている。
「ノエ?俺さ、引っ越しする予定なんだけど…」
「ああ、うん…そうでしたよね。年明けにですよね?」
武蔵は自身の引っ越しの話をしてきた。確か、本が多くなり過ぎて引っ越しをすると武蔵は言っていた。突然なんだろ?とノエは疑問に思ったが、話を聞いている。
「ちょっと広いところに引っ越しするからさ、一緒に暮らさないか?」
「えっ?」
「まだ何も決めてないよ?どことか…何にも決めてない。だけど、お前も引っ越しするんだろ?だからもう一緒に暮らそう」
一緒に暮らそうとはっきり言われた。それは同棲?と一瞬ドキッとしたが、ルームシェアってやつだろう。同居人として暮らそうという意味だ。それもまぁいいかもなと、ノエは思った。
「ああー…ルームシェアですね。あっいいかも!でも、俺そんなに家賃高いと難しいですよ?払えるかな」
「はぐらかすなよ、ノエ。ルームシェアじゃない、同棲だ。わかってるだろ?」
びっくりして武蔵の方を向くと、真剣な顔をしていた。ノエの好きな職人のような顔だった。ふざけているわけではないようだ。だけど、本当に武蔵はそう思っているのだろうか。
「いやいや、違うでしょ…だってさ、」
はっきりと言われて驚いたのもあり、ノエは咄嗟にジョークに持っていこうとしてしまった。
「違わないだろ。俺はノエが好きだ。だから付き合おう。お前もいい加減認めろよ」
だけど、そんなノエの言葉を遮るように武蔵に告白をされる。
好きだから付き合おうと。
「認めろよって…」
「認めるのは、付き合うって気持ちだよ」
ノエは以前、武蔵のことが好きだと伝えたことがある。だけど、好きなだけだ。付き合うことは考えていない。そう武蔵に言ったつもりだ。
「付き合う気持ちって…そんなこと…」
「俺はノエが好きだ。この数ヶ月一緒に過ごしてきただろ?その間、俺はずっと君のことを見てきたよ。最初はツンツンして面白い奴だなって思ったけど、ノエの丁寧な性格を知ったらどんどん好きになった。ノエとずっと一緒にいたいって思うよ。だから、俺は君と恋人として付き合っていきたい」
答えに困る。武蔵から真剣に付き合おうと言われるとは考えたことがなかった。
それに、困ったことにこの人ことが好きだって、自分ではわかっている。
会うたびにドキドキとする。会えない時はどうしてるかなと考えている。電話やメッセージがあると飛び上がるくらい嬉しい。それくらい好きで好きでたまらない。
だけど…
付き合うって何?今と違うこと?今と違う関係にはなりたくない。この関係が壊れるなんて怖い。
「ノエ?」
「好きですよ…俺は武蔵さんが好き。ずっとずーっと前から武蔵さんのことが好きでいる。知ってるでしょ?だけど、付き合えない!付き合うって何?付き合うと、今の関係が壊れちゃう!」
好きでいるだけでいいって思ってるのは本当だ。そして、今の関係でいるのにも満足している。
「ノエ、好きな人と付き合うということは、好きな人と二人で、色んな経験をしていくってことだよ。今の関係が壊れることじゃない。これから二人の関係を作れるってことだ」
武蔵に腕を掴まれる。痛くないけど、離れられないほどきつく掴まれ、そして見つめられている。
「それにな、好きだと言ってるだけじゃ、恋愛にはならない。俺は一方的な好きから、その先の恋愛をノエとしたいんだ」
「…恋愛?」
「そうだよ、恋愛。恋愛は出来る人と、残念ながら出来ない人がいるんだ。だけど、俺とノエは二人で恋愛ができると思う。それは間違いないな」
「恋愛で…何ができる?」
「そうだなぁ、愛を与えて愛を感じ取ることができるぞ。すげぇだろ?」
「愛なんて、目に見えないじゃん。だからわかんないよ」
素直じゃない。自分は本当に素直ではないなと感じる。こんな時に言わなくてもいいことが口から溢れ出してしまう。写真の頃の自分ならもっと素直なはずなのに。
「そうか?愛って見えると思うけどな。ノエには俺の愛が見えないか?」
うっ…と、声を詰まらせてしまった。ノエは、あまのじゃくだが、武蔵の愛が見えないとは言えなかった。
だってそうだ。
いつも武蔵はノエの気持ちを優先してくれている。二人でいる時、離れている時、どんな時もノエのことを気にしてくれている。
今日だってそう。祖母を思い出すのが得意じゃないノエの気持ちを武蔵はわかっていた。だから、先回りして話題を提供してくれている。武蔵は自然にノエの口から祖母の話が出るように仕向けているんだ。
武蔵からはそんな繊細な愛を感じている。目に見えるような気がするのも、確かだった。
「それにな…一緒に暮らせば寝る時も寂しくないぞ。帰らないで欲しいって服の裾を引っ張る必要もないぞ?」
「うっ…それはさぁ…違うって。別に寂しいからってわけじゃなくて…」
昨日、武蔵が帰る前に駄々をこねたことを言われている。帰って欲しくないから、ノエは武蔵の服の裾を引っ張り、必死になって話しかけていた。
「あはは、可愛かったぞ?あんなことされたら帰れなくなるだろ。ノエの寝顔を見て俺が葛藤したの知らねぇだろ」
「は、は、恥ずかしいこと言わないでよ」
右足首の痛みは無くなっている。
なるべく歩かないようにと、武蔵から過保護に扱われたからだろうか。いや、違う。やっぱり大したことない怪我だったんだろうな。
でも、痛みと一緒に可愛げがなく、意地を張る気持ちが何処かにいってしまい、少しだけ子供の頃の自分のような、素直な気持ちが戻ってきたような気がした。
「ノエ…俺と恋愛しようぜ」
武蔵に抱き寄せられた。
足を気にしているから、武蔵はノエを膝の上に座らせる。どこまでも甘いなこの人、と、ノエは思った。
だけど、武蔵と歩む生活は楽しい。この人と一緒に人生を進んでいくのも面白いかもしれない。ノエはそう考え始めていた。
「じゃあいいよ…その…恋愛ってやつしてみても…」
気持ちはもうこの人のところにいってるくせに、結局、素直じゃないノエの言葉が出てきてしまった。もっと可愛げがある違う言い方があるだろうけど、今はこれを言うだけで精一杯である。
そんなノエを見て武蔵は笑う。その後、チュッとノエにキスをした。
身体中の血が踊り出したようだ。ノエの言葉より、身体の方が素直である。キスをした途端、嬉しくて、ちょっと恥ずかしくて、全身の血がドキドキと踊り出しているような感じだ。
「俺が先に好きだって言ったのに。なんかずるい。そっちが好きだっていうの」
「んー?そうか?俺だっていつも聞いてただろ?付き合う気になったかって。でも、まぁ、好きだってはっきり言うタイミングを見てたのは確かだけどな。けど、ノエの気持ちも傾いてくれて嬉しいよ」
武蔵はまたチュッとノエにキスをした。ノエの腕は自然に武蔵の首に巻きついている。怪我をしてからずっと抱き上げられるこの格好でいるから、今はもう自然なような気がする。
武蔵からぎゅっと抱きしめられていても、それが自然なような気がした。
付き合うということ。
変わってしまう自分がいるかもしれない。だから少し怖いけど、武蔵となら一緒に変わっていってもいいかなって、今は思い始めている。
恋愛なんて自分には不向きなものだと思っていたけど、好きな人に手を引かれ、振り回されるのも悪くないかもしれない。
「なんか流されたかも…」
「いいのいいの、それで。これから先、俺はずっとノエのこと口説いていくんだから。覚悟しろよ?付き合ったら、お前をめちゃくちゃに甘やかすんだから」
これ以上甘やかされたらどうなっちゃうんだろう。この人本当にやりそうだし、と、ノエは武蔵を見つめ考えていた。
「げっ!年明けてた!いつの間に!」
武蔵は時計を見て驚いている。
「ウソ?マジで?あー、カウントダウンすればよかった?」
「ワイン買ってあったんだよ…まぁ、怪我してるから飲めないか。よーし!じゃあ、クイズやる?」
休日のクイズは好きだ。
武蔵から出される問題は面白い。
トンッと膝から下ろされ、二人でマットレスの上で横になる。隣にいる人は今度から恋人と呼ぶことになるのだろう。ちょっと恥ずかしいけど、相当嬉しいなとノエは思った。
「俺がノエのこと好きなのはどこだ?」
「それって、クイズ?違うでしょ!」
「クイズだろ?答えろよ、わかるかな…わかんねぇだろうな。じゃあ、ヒント言うからな」
「ちょっと!やめてよ!恥ずかしくて答えられるわけないじゃん!」
あはははと、武蔵は笑っている。
頭を撫でられキスをされる。
武蔵のキスは優しい。無神経な男だと思っていたのに、優しくキスを繰り返すなんて、ちょっとずるいと思う。これからこんな知らない武蔵の面を知ることになるのかと思うと、悶絶してしまうかもしれない。
「俺がノエを好きなところはな…」
「わわわ、ちょっと…うう、恥ずかしいじゃん…」
新しい年と一緒に、新しい気持ちがやってきた。それに新しい関係も。
休日のクイズはキスと一緒に続きそう。
当分は出題者になれず、解答者ばっかりになりそうだけど。
end
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