黄昏れ時の勇者と魔法使い

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「だったら、あなたの旦那さんが勇者かしら?」 女性が私の冗談に冗談を重ねてこられたので、私達は二人して声をあげて笑ってしまいました。 それが少々騒がしかったのかもしれません。 「申し訳ありませんが、用のお済になられた方は場所を移していただけますか?」 受付にいらした女性が私達に声をかけてこられたのです。 白いマスクをしてらっしゃいますが、おそらくかなり若い方なのでしょう、明らかに年上に見える私達に意見することに若干の抵抗感のようなものも見受けられます。 ”申し訳ない” という言葉は彼女の本心なのでしょう。 そんな彼女に、私達の方こそうるさくしてしまってごめんなさいという気持ちでいっぱいになりました。 「あらごめんなさいね」 「すみません、すぐに出ます」 私達は各々謝罪し、即座に席を立ちました。 受付の女性はわずかばかりに目が潤んでるようにも見えました。 私は本当に心苦しくなり、再度お辞儀をして「すみませんでした」と伝えてから、女性と一緒に外に出たのでした。 正面扉から駐車場に向かう途中、女性が「私が引き止めちゃったばかりに、ごめんなさいね」と手を合わせてこられました。 「いえ、私も久しぶりにお話できて嬉しかったですし」 これはお世辞でも社交辞令でもありません。 すると女性はパッと顔を明るくされました。 「本当?それじゃ、また今度お茶をご馳走になってもいいかしら?」 「もちろんです。ぜひおいでください。もしあれでしたら、今度は私がお茶セットをお持ちして伺っても構いませんし」 「まあ、それは楽しみ!実はね、また片頭痛が出てきたのよ。一応お医者さんで検査して他に病気がないことは確認済みなんだけど、一度出てきたらなかなかしつこくって」 「それは大変ですね……」 心の底から気の毒に思います。 私自身は経験ないものの、周りには片頭痛で悩まれてる方が結構いらっしゃいますから。 酷い方では起き上がることもできなくなってしまうとか。 私は、何をどうしたらこの女性の片頭痛が改善するのかはさっぱりわかりませんでしたが、私がお淹れする紅茶で少しでも癒えるのならば、毎日でもお淹れして差し上げたい気持ちでした。 けれど女性はにこっと微笑むと、 「でもあなたの紅茶が飲めるなら、すぐに良くなると思うわ。今度パートのお休みをメールするから、予定を立てましょう」 わくわくウキウキを全開にさせて仰いました。 「私はだいたい家にいるので、都合は合わせられますから、いつでも仰ってください。でも、紅茶をお出ししても、ご期待に添えなかったらすみません」 私が淹れた紅茶を飲んで元気になった、不調が改善した、そう言われることは昔からよくありましたが、必ずしもそうなるとも限りません。 念のためにひと言付け加えさせていただきましたが、女性は「いいのよいいのよ、私の気持ちなんだから」と朗らかに仰いました。 ちょうどそこで彼女の車に辿り着いたので、私達はまた連絡すると約束し、私は車に乗り込んだ彼女を見送りました。 そして、もう少し奥に駐車してある自分の車に向かいました。 ところが 「…………あら?」 車のキーが見当たらないのです。 さっきまで握っていたはずなのに……… ぼーっとして落としてしまったのでしょうか? 私は体を曲げて駐車場の地面を見まわしました。 そのときです。 「ひょっとして、これをお探しですか?」 背後から、男の方に声をかけられたのでした。
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