黄昏れ時の勇者と魔法使い

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振り返ると、スーツ姿の男性が私の車のキーを見せながら立ってらっしゃいました。 「あ……、ありがとうございます。拾ってくださったんですね」 私はお礼を伝えて両手で受け取りました。 「やはりあなたのでしたか。そんな気がして追いかけてきたんです。入れ違いにならなくてよかった」 男性は上品な笑顔をされました。 この男性、さきほどのマスクの受付の女性の後ろにいらっしゃった方だと思います。 長身で、まるでモデルさんのようなスタイルでしたので目立っていらっしゃいました。 私はもう一度「本当にありがとうございました。それでは、失礼します」と伝えてから、車のロックを解除しようとしましたが、男性が思いもよらないことを仰ったのです。 「さきほど、なんだか面白そうな会話をされていませんでしたか?魔法がどうの……とか」 「え?」 私は思わずまたキーを落としそうになりました。 「ああ、驚かせてしまったようですね。失礼いたしました。私は怪しい者ではありません。そこの…」 「存じ上げてます。受付の女性の後ろ側にいらっしゃいましたよね?」 男性が申し訳なさそうに仰ったので、私はすぐにその必要はありませんよというつもりで申し上げました。 すると男性は「お気付きでしたか」とホッとなさったようでした。 「あの、さっきはうるさくしてしまって申し訳ありませんでした」 てっきりその件だと思った私は、先にお詫び申し上げました。 ですが、男性からは「いえ、それは全然構わないんです。気になさらなくて大丈夫ですよ」と優しい否定が返ってきたのです。 「それなら、いいんですけど……」 私は安堵と同時に、あそこで私達が交わしていた会話が冗談あふれる内容だったことを思い出し、気恥ずかしくなってきました。 もしかしたらこの男性も、魔法使いだなんて、いい大人が妙な話題ではしゃいでるな、なんて呆れられたのかもしれません。 自然と頬も熱くなってしまいます。 どうやら私達のおしゃべりは男性まで筒抜けだったらしく、彼は私の例の特殊な特技のこともご存じのようでした。 「それで、あなたの淹れた紅茶を飲むと体調がよくなるというのは事実なんですか?」 柔和に問われたので、この方に私を揶揄する意図がおありだとは感じませんでした。 なので私も気恥ずかしさは小さくなり、穏やかに、そしてさっきの女性とのおしゃべり同様、少し冗談めかしてお答えしました。 「ええ、そうなんです。偶然だとは思うんですけど、結構そんな風に言われることが多くて。そうしたら、さっき一緒にいた方が、息子さんのハマってるアニメに出てくる魔法使いが私と似てると仰って………それで、 ”魔法” という言葉が出てきたんです」 「ああ、そうでしたか」 「いい年した大人が魔法だ、魔法使いだと騒いでしまって、失礼しました」 「え?ああ、いえいえ、魔法に大人とか年齢とかは関係ありませんよ」 男性はおそらく私を気遣ってそう言ってくださったのだとは思いますが、どことなく、引っかかるような言い方です。 まるで、断定するような印象を受けました。 そして私の妙な胸騒ぎは、見事に的中したのでした。 「だって、魔法使いは子供よりも大人の方が多いですからね。現に私も魔法使いですし」 男性はいたって普通に、そう仰ったのです。
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