黄昏れ時の勇者と魔法使い

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「勇者………?」 さきほどの私達の会話を聞いていたのなら、彼もまた、それを私の夫を指す言葉として使ったのでしょう。 「ええ。失礼ですが、あなたのご職業は?」 「専業主婦をしておりますが」 「そうですか。ご家族を支える立派なお仕事と存じます。ですが、あなたのその力、つまり魔法をもっと有効活用すれば、ご家族のためになるばかりか、賃金を得られる仕事も可能となるのですが、どうです、ご興味はありませんか?」 昨今、専業主婦をしていると伝えると決してポジティブな反応だけではありませんでしたので、この点についてはこの男性の印象は悪くありません。 そして、その ”魔法” とやらが仕事として成り立つということに、いささか好奇心が芽吹きはじめるのも感じられました。 ですが……… 「申し訳ありません。生憎私は外で仕事をする意志はございませんので」 今この男性も仰いましたが、私の仕事は夫を支えることと自負しております。 もちろん外で働いてらっしゃる主婦の方を尊敬はしておりますが、私は私、我が家は我が家なのです。 もし、私のこの力が仕事として成立するのだとしても、そのために家を空けて夫を全力で支えられなくなるのは本末転倒もいいところです。 ところが男性は「それでしたら ”在宅に限る” という条件を提示なさればいい」と、いとも容易く答えられたのです。 「在宅で………?」 俄然、好奇心が膨らみます。 しかも、男性はまだまだ私の好奇心を刺激する種を持っている様子です。 「ええ。時間もあなたの都合のいいようにできますし、週に一度、月に一度でも構いません。あなたと、あなたの勇者様に合わせてフレキシブルな働き方をしていただけたらそれでいいのです。もちろん契約内容の変更は随時行えますし、その条件によってあなたへの報酬が減額されるといった心配はご無用です」 すらすらと、まるで就業案内が完璧に頭に入っているように男性は説明されました。 ここでふと疑問が浮かびます。 「あの……あなたもその仕事をなさってるのですか?その……副業で?」 この男性の職場はさっきまで私がいたところで間違いないはずです。 なのに、私を誘うその姿勢は、まるでスカウトのようでした。 「いいえ、私は仕事柄多くの方と出会いますから、そこで見つけた ”仲間” には必ずその仕事を紹介することにしているのです。人にもよりますが、自分の持ってる力を魔法と知らず、周囲と馴染めなかったり苦労してらっしゃる方も多いので、少しでもお力になればと思いまして。いわばボランティアです。報酬などは一切いただいておりません」 私は二度も登場した報酬という言葉に好奇心が集まりました。 仕事なのですから、当然お給料が発生するわけですが、この男性曰く ”魔法” への対価というものが、まったく想像もつかなかったからです。 男性の説明によると、こちらのワガママとも呼べそうな一方的な条件をすべて飲んでいただけるとのことですが、でしたら賃金もそれに適した額なのでしょう。 ですが、この男性の仰り方は、そうではなさそうな気配も感じました。 すると男性は「ああ、失礼。肝心の報酬についてのご説明がまだでしたね」と穏やかに仰いました。 そして、まるで私の好奇心を見抜いてるかのような口ぶりで続けたのです。 「おそらくあなたの年齢の平均年収は軽く超えるとは存じます。詳細もご説明したいのですが、私は今仕事を抜け出してきておりまして、一旦戻らねばなりません。間もなく仕事は上がりますが………どうでしょう、5分ほど、この先の駅前公園でお待ちいただけませんか?カフェみたいな屋内より、人の目の多い屋外の方があなたも安心できるでしょうし。そこで、あなたの勇者様が今よりももっと癒しの効果を得られる方法もお教えしますよ」
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