黄昏れ時の勇者と魔法使い

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私は、少し考えました。 数秒…いえ、もしかしたら10秒ほどは優に要したかもしれません。 そして、男性の提案を了承することにしたのです。 といっても、報酬の詳細を知りたかったわけではありません。 私が知りたかったのは……… 「本当に、夫のことを今以上に癒せるようになるんですね?」 「お約束します」 「わかりました。では、駅前公園でお待ちしてます」 「ご了承いただき、感謝いたします。では、私もなるべく急いで参りますので、少々お待ちください。運転、お気をつけて」 そう言うと男性はくるりと踵を返し、職場に戻って行きました。 彼がどんな仕事をなさってるのかは存じませんので、時間になったからといってすぐに上がれるのかもわかりません。 ですが、怪しくとも、彼に誠実な人柄を感じたのは事実です。 おそらく、有言実行タイプでしょう。 数分後には公園に姿を現わすような気がしました。 私は好奇心と警戒心、7:3ほどで抱きつつ、それでも車に乗り込みまっすぐに駅前公園を目指すことにしました。 私の住む町はいわゆる新興住宅地、ニュータウンで、規模で言うと開発にあたって新駅が複数出来るほどの大きさです。 ほどよく都会にも田舎にも近い立地は、若い人達だけでなくシニア世代の方からも人気で、売り出されたらすぐに完売、発展の止まらない町として新聞に取り上げられたこともありました。 そんな町の正面玄関とも言えるのが、町で一番大きな駅です。 毎日多くの住人が通勤や通学で利用するこの駅は、南北にはバス乗り場も備わっているロータリーがあり、北側には飲食店やクリニック、スポーツジム、南側には公園やスーパーという、生活に欠かせない施設が建ち並んでいました。 北側南側ともに、駐輪場と駐車場は完備されていましたので、私は南側の駐車場に車を入れ、公園に移動しました。 平日の夕方目前という時間帯ゆえ、そこまで利用者は多くありません。 これが休日ともなると朝から夕方まで小さなお子さんとそのご家族や、小学生の子供達で賑わっているのですが、この時間ですと、夕飯の支度にとりかかるご家庭も多いのでしょう、今は5,6人の小学生の男の子が鉄棒とブランコ辺りにいて、あとは、おそらく営業まわりの途中と思しきスーツ姿の男性がお二人ベンチに座ってらっしゃるだけでした。 公園内はいくつもベンチが設置されておりますので、私は彼らとは反対側の端にあるベンチで待つことにしました。 サァ………と、園内を爽やかな風が通り抜けていきます。 この公園は少し高台になっていて、駅に向かう人、駅から出てくる人がよく見えます。 私も時々夫を迎えに来たりしますが、そんなときは決まって、この公園で夫の乗った電車が駅に滑り込んでくるのを待つのです。 その瞬間が、私はとても好きでした。 今また、電車が入ってきます。 まだ帰宅ラッシュの時間帯ではありませんが、少し早めの家路につく人々が駅から出てきます。 今日という一日を終えて、疲労感を纏う人も多そうです。 そんな人達に、私は、心の中でそっと ”お疲れさまでした” と呟くのがいつものことでした。 するとそのとき、南側の駐車場から、あの男性がこちらにやってくるのが見えたのでした。
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