黄昏れ時の勇者と魔法使い

10/31
前へ
/94ページ
次へ
さっきから信じられないことを目の当たりにしていた私は、驚愕しつつも、その数字の出現をじっと凝視していました。 そして、それはやがて、電話番号と思しき数字の羅列になったのでした。 「これは………電話番号ですか?」 私はカードに視線を留めたまま尋ねました。 「その通りです。その番号が読み取れたということは、やはりあなたには魔法使いの素質がじゅうぶんに備わっているようですね」 「魔法使いの……素質?」 「ええ。あなたの人を癒す力、それは間違いなく魔法の元、または魔法使いの素質です。それを持っていない人間には、そのカードの ”M” の文字すら読むことはできませんから」 男性は満足そうに頷いて続けました。 「そこにある ”MMMコンサルティング” という社名はご存じありませんか?」 確信はなくとも十中八九は知っているだろう、そんな温度が彼からは伝わってきました。 だから私も、驚きがまったく冷めない状態ながらも、正直にお答えすることにしました。 「………噂には、聞いたことがあります」 MMMコンサルティング…………それは、知る人ぞ知る、有名企業でした。 どう有名なのかといえば、社員全員の年収が一般平均を大幅に上回っているとか、社会保障も手厚く入社してしまえば一生生活に困ることはないとか、学歴も経験も不問だというのに新卒では受け入れていないとか、推薦がないと入社試験も受けさせてもらえないとか、幅広い顧客を持つコンサル業ながらその詳細はあまり知られていないとか、毎年多くの入社希望者があるにもかかわらず誰も募集要項を見つけられなくて、いったいいつ入社試験が行われているのかも不明だとか、挙句には、実際は存在していない企業で、就職活動に失敗した学生達の妄想が噂となってひとり歩きしただけの、ただの都市伝説だとか………出どころ不明の噂が数多くありました。 真相はまったくわからないまま、かくいう私も、学生時代に聞いた記憶がありました。 そんな夢のような就職先があるなんて信じられないと、友人達と盛り上がったのです。 しかしながら、就職活動中も、社会に出てからも、その後その名前を聞くことは一度もありませんでしたので、今の今まで忘れていました。 けれど、私は今、そのおとぎ話のような会社の連絡先を手にしてしまったようです。 実在するかも怪しかった伝説の会社。 しかも、その連絡先を私に与えたのは、魔法使いを名乗る男性…… 混乱が止まりません。 この男性が新手の詐欺師かもしれないという疑いは、完全に晴れたわけではありません。 でも私は見たのです。 車のキーが勝手に浮かんで移動するのも、カードの電話番号がひとつずつ現れていくのも。 それに何より、私の淹れる紅茶を飲んだ人の体調が良くなるのは紛れもない事実なのです。 そして私は、この不思議な力をもっと有効的に使う方法を知るために、この男性の話を聞くことにしたのですから。 ですが、いったいそれがどうしてあの噂の会社と繋がるのでしょうか………? 疑問だらけの私に、男性は「就職活動をしたことのある人間なら、一度は耳にしたことのある名前でしょうね」と仰いました。 そして 「もしあなたが望んでくださるのでしたら、すぐに契約していただくことも可能ですよ。もちろん、あなたの出される条件をすべて受け入れられる形で」 含みを持たせた優しい微笑みで、私を誘うのでした。
/94ページ

最初のコメントを投稿しよう!

51人が本棚に入れています
本棚に追加