黄昏れ時の勇者と魔法使い

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「通勤………しなくていいんですか?」 「ええ。出社は必要ですが、通勤の必要はありません」 まるで謎かけのような返答に、私は頭の中に?マークが浮かびました。 「……じゃあ、いったいどうやって出社するのですか?」 すると男性は得意気に仰いました。 「MMMにいるのは魔法使いばかりですよ?移動手段なんて公共交通機関に頼らずともどうとでもなります」 「それは、どういう……」 「魔法を使えば通勤ラッシュに揉まれることもなく、もっと言えば通勤時間を要することもない、ということですよ」 「魔法……」 先ほど ”空飛ぶ箒” なんかないと仰ってましたが、箒以外の移動手段があるというのでしょうか……? ?マークはどんどん濃くなっていきます。 けれど男性は、それについては多くを語るつもりはないようでした。 少なくとも今の段階では。 「詳しいことはまた追い追いお教えするとして………いかがですか?あなたにとって好条件ばかりではありませんか?それであなたは、ご自身の大切な勇者様をもっと癒すことができるようになるのですよ?」 確かに、詳細はわからずとも、通勤に時間をかけずに済むというのが事実ならば、私にとってはこの上ない好都合な条件となるでしょう。 そのうえ夫の役に立てるというのですから、本来なら喉から手が出るほどの職場なのかもしれません。 ですが、そんな不思議なこと、すぐに信じるのは無理があります。 例えこの男性が本当に魔法使いだったとして、MMMコンサルティングが本当に魔法使いの会社だったのだとしても、私自身が彼らの仲間だという確証だってまだ持てないのですから。 私はただ、自分の淹れた紅茶を飲んだ相手の体調が良くなるだけで………それなら、私の力ではなく、お出しした紅茶自体の効能ということはないのでしょうか? もともと紅茶ポリフェノールには多くの健康効果があると言われていますし……… ところが、私が考え込んだそのとき、 「まだすべてをご理解いただけなくて当然ですよ」 男性が、またもや私の心の内を読み取ったようなセリフを仰ったのです。 「先ほどもお話ししましたように、私も今のあなたと同じでMMMからスカウトを受けた際は、魔法なんて到底信じられませんでした。ですが、知れば知るほど、生まれ持った特性のせいで苦労している仲間が多かった。想像してみてください。あなたはこの先、そんな大勢の人を救うことができるのですよ?もちろんあなたにとっての最優先があなたの勇者様だということは存じております。ですがその隙間時間でも、もしあなたがMMMに関わってくださるのならば、これから出会う数多くの仲間達を……もしかしたらその命を、助けられるのかもしれない。あなたはご自身の特性に関しては格別お辛い経験はなかったとのことですが、そんなあなたにだって、これまでに少数派になった経験はおありでしょう?望む望まないにかかわらず、少数派というのは困難が付き物です。中には、生きていくのさえ放棄してしまいたくなる人も…………。どうか、MMMコンサルティングとの契約を、ご検討いただけませんでしょうか?」 男性の悲痛な訴えが、夕方の公園に響いたのでした。
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