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やがて、ザラザラ時間はタイムアップにより終了したけれど、今度は母親からのネチネチタイムがはじまった。
家に着いて人目がなくなってからは、ネチネチ度は増す一歩で、ほぼ時間無制限に突入したようなものだ。
「あなたって子は本当に昔っから人の目を見ないで俯いてばかりね。そんなんじゃ気持ちまで下に落ちちゃうわよ?」
そんなことない。
むしろ私の場合は、正面から人の目を見たりしたら、もっと気持ちが沈んでしまうかもしれない。
「学生の間はともかく、そのまま社会に出てやっていけると思ってるの?」
母にしてみれば娘の行く末を案じての小言なのだろう。
それはよく理解している。
けれど、どうにも無理なのだ。
「お母さんはあなたのために言ってるのよ?」
母は最終的にお決まりのセリフを放った。
世の親が口にするであろう決まり文句TOP5には君臨しそうな言葉だが、いつものことなので私は適当にかわし、そそくさと自室に逃げ込んだ。
さすがに母もそこまでは追いかけては来なかったものの、背後からは盛大なため息が聞こえてきた。
けれどこれもいつものことなので、わたしもいつものように、聞こえないふりをした。
ひとりきりの空間に入ると、どっと疲れが噴き出してきた。
でも、母は何も悪くないのだ。
だって私の事情を何も知らないんだから。
そう頭ではわかっていても、毎回の小言は私の心を削いで痩せさせていく。
だから、これ以上被害が出ないようにと、心に諦めの蓋を乗せるしかなかった。
私はさっさと制服から着替え、重力に引きずられるようにどさりとベッドに倒れ込んだ。
本当に、どうして私だけ、こんな力があるんだろう………
もうずっとずっと昔から、考えて悩んで苛立って、落ち込んで怒って泣いて諦めてきた疑問。
でも解決法なんてなくて、ただただ ”人の目を見つめない” というのが最善策でしかなかった。
あ――、私、ずっとこのままなんだろうなぁ………
これまでの人生、普通じゃない、人と違う、そんな疎外感がなくなる瞬間は一秒だってなかった。
私が自分に設定付けた ”超シャイ” な性格の人だって、家族や親しい人に対しては目を見るくらい平気だろうに。
こんなんじゃ私、きっと恋愛だってろくにできないんだろうな………
恋人の嘘がわかるなんて、絶対いいことないだろうから。
まあ、浮気なんかはすぐに見抜けるわけだけど、知らないままで幸せならその方がいいに決まってる。
だって人は、息するようにナチュラルに嘘をつき、平然と素知らぬ顔をする、常に裏表のある生き物なのだから………
そうやってベッドに寝転がりながら自分の未来を嘆いていた私は、いつの間にか眠りに落ちていたようだった。
※※※
「―――っ!?」
ビクン、と体が揺れた感覚がして、飛び起きた。
「…………?」
ベッドの上で、完全に覚醒しないまま今の状況を見まわす。
カーテンを開いたままの窓の外はもう日が落ちていて、けれど煌々と月の光が差し込んでいた。
「え…………夜?なんでお母さん起こしてくれなかったの?」
起き抜けでまず愚痴が飛び出てしまうも、帰宅後、雰囲気が悪いまま自室に逃げ込んだのは私自身だ。
母は母なりに考えて、そっとしておいてくれたのかもしれない。
だって、最後のお決まりのセリフのとき、いつもそれを言うときと同じく、今日も母は嘘をついてなかったから。
本当に、私のことを想っての小言だったのは間違いないのだ。
それは嬉しくもあり、だからこそ厄介でもあるのだけど………
複雑な感情を飲み込みながら、私はベッドから抜け出した。
「…………にしても、すごい月明かり」
今夜は満月だっけ?
思い出しながらスマホを確認すると、ちょうど0時を迎えようとしていた。
すると急に空腹感に襲われた。
帰ってきてすぐベッドに直行したのだから、当たり前と言えば当たり前だ。
私はひとまずキッチンに向かうことにした。
ところが。
キッチンのストック棚には何も見当たらなかったのである。
普段非常用に買い置きされているレトルト食品だけでなく、お菓子やパンさえ見当たらなかった。
さすがに冷蔵庫の中には食材があるだろうけど、料理の音で寝ている家族を起こすのも申し訳ないし、何より面倒だ。
仕方なく私は近所のコンビニに出かけることにしたのだった。
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