満月に集う魔法使い

3/10
前へ
/131ページ
次へ
やがて、ザラザラ時間はタイムアップにより終了したけれど、今度は母親からのネチネチタイムがはじまった。 家に着いて人目がなくなってからは、ネチネチ度は増す一歩で、ほぼ時間無制限に突入したようなものだ。 「あなたって子は本当に昔っから人の目を見ないで俯いてばかりね。そんなんじゃ気持ちまで下に落ちちゃうわよ?」 そんなことない。 むしろ私の場合は、正面から人の目を見たりしたら、もっと気持ちが沈んでしまうかもしれない。 「学生の間はともかく、そのまま社会に出てやっていけると思ってるの?」 母にしてみれば娘の行く末を案じての小言なのだろう。 それはよく理解している。 けれど、どうにも無理なのだ。 「お母さんはあなたのために言ってるのよ?」 母は最終的にお決まりのセリフを放った。 世の親が口にするであろう決まり文句TOP5には君臨しそうな言葉だが、いつものことなので私は適当にかわし、そそくさと自室に逃げ込んだ。 さすがに母もそこまでは追いかけては来なかったものの、背後からは盛大なため息が聞こえてきた。 けれどこれもいつものことなので、わたしもいつものように、聞こえないふりをした。 ひとりきりの空間に入ると、どっと疲れが噴き出してきた。 でも、母は何も悪くないのだ。 だって私の事情を何も知らないんだから。 そう頭ではわかっていても、毎回の小言は私の心を削いで痩せさせていく。 だから、これ以上被害が出ないようにと、心に諦めの蓋を乗せるしかなかった。 私はさっさと制服から着替え、重力に引きずられるようにどさりとベッドに倒れ込んだ。 本当に、どうして私だけ、こんな力があるんだろう……… もうずっとずっと昔から、考えて悩んで苛立って、落ち込んで怒って泣いて諦めてきた疑問。 でも解決法なんてなくて、ただただ ”人の目を見つめない” というのが最善策でしかなかった。 あ――、私、ずっとこのままなんだろうなぁ……… これまでの人生、普通じゃない、人と違う、そんな疎外感がなくなる瞬間は一秒だってなかった。 私が自分に設定付けた ”超シャイ” な性格の人だって、家族や親しい人に対しては目を見るくらい平気だろうに。 こんなんじゃ私、きっと恋愛だってろくにできないんだろうな……… 恋人の嘘がわかるなんて、絶対いいことないだろうから。 まあ、浮気なんかはすぐに見抜けるわけだけど、知らないままで幸せならその方がいいに決まってる。 だって人は、息するようにナチュラルに嘘をつき、平然と素知らぬ顔をする、常に裏表のある生き物なのだから……… そうやってベッドに寝転がりながら自分の未来を嘆いていた私は、いつの間にか眠りに落ちていたようだった。 ※※※ 「―――っ!?」 ビクン、と体が揺れた感覚がして、飛び起きた。 「…………?」 ベッドの上で、完全に覚醒しないまま今の状況を見まわす。 カーテンを開いたままの窓の外はもう日が落ちていて、けれど煌々と月の光が差し込んでいた。 「え…………夜?なんでお母さん起こしてくれなかったの?」 起き抜けでまず愚痴が飛び出てしまうも、帰宅後、雰囲気が悪いまま自室に逃げ込んだのは私自身だ。 母は母なりに考えて、そっとしておいてくれたのかもしれない。 だって、最後のお決まりのセリフのとき、いつもそれを言うときと同じく、今日も母は嘘をついてなかったから。 本当に、私のことを想っての小言だったのは間違いないのだ。 それは嬉しくもあり、だからこそ厄介でもあるのだけど……… 複雑な感情を飲み込みながら、私はベッドから抜け出した。 「…………にしても、すごい月明かり」 今夜は満月だっけ? 思い出しながらスマホを確認すると、ちょうど0時を迎えようとしていた。 すると急に空腹感に襲われた。 帰ってきてすぐベッドに直行したのだから、当たり前と言えば当たり前だ。 私はひとまずキッチンに向かうことにした。 ところが。 キッチンのストック棚には何も見当たらなかったのである。 普段非常用に買い置きされているレトルト食品だけでなく、お菓子やパンさえ見当たらなかった。 さすがに冷蔵庫の中には食材があるだろうけど、料理の音で寝ている家族を起こすのも申し訳ないし、何より面倒だ。 仕方なく私は近所のコンビニに出かけることにしたのだった。
/131ページ

最初のコメントを投稿しよう!

57人が本棚に入れています
本棚に追加