黄昏れ時の勇者と魔法使い

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………私の知らないことが、おそらくまだまだたくさんあるのでしょう。 魔法についても、魔法使いについても、MMMコンサルティングという会社についても。 正直に言うと、ちょっとだけ怖い気もします。 けれど、男性と出会ってから数時間、私の中でじわじわと何か(・・)が変わっていってる感覚があるのも事実です。 なんだか、腹部から胸のあたりがぽかぽかしてるような、じんじんしてるような、妙に満ち満ちてるような感じです。 もしかしたらこれが、男性の仰ってた ”魔法使いは魔法使い同士で力を高める” ということなのかもしれません。 私はエプロンのポケットに入れたMMMコンサルティングの名刺を取り出しました。 そこには電話番号やメールアドレスだけでなく、もう住所もマップも記されていました。 きっと、これが完全体の状態なのでしょう。 そして男性の言葉通りなら、それは、私の力が名刺を手にしたときよりも強くなっているということを物語っているのです。 今なら、夫をもっと癒せるのかもしれない………そんな期待感が溢れてきそうで、私は頬が変に緩まないように気を引き締めなければなりませんでした。 だって、夫に変に思われたくはありませんから。 でも、こんなにも早く、早く夫に紅茶を淹れたいと願ったのは、間違いなくはじめてのことでした。 やがて、予定の時刻を少しまわってから、夫が帰宅しました。 今日もやはり疲労感を纏っています。 夫はあまり疲れたとは口にはしませんが、夫婦ですから、言葉にせずともそれくらいは理解できます。 けれど私の顔を見て「ただいま」と笑えるほどの余裕はありました。 帰宅時の夫の様子を見て、あまりに酷いようでれば、MMMコンサルティングの件は後日相談しようと思っていましたが、そこまででもなさそうで安心しました。 駅で一度連絡をもらっていたので、夕食の準備はすでに整っています。 手洗い、着替えを済ませ、ダイニングに戻ってきた夫は、玄関で出迎えたときよりもリラックスした表情でした。 そして一緒に夕食をとり、何てことない会話でしばらくはいつもの家族時間が穏やかに流れていました。 けれどそのあと、私にとっては想定外の展開となってしまったのです。 そしてその結果、私は、やはり魔法使いにはなれないのだと思い知ることとなったのでした。
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