黄昏れ時の勇者と魔法使い

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そうなのです。 夫は、私の淹れた紅茶を口にしていないにもかかわらず、いつものように……いえ、いつも以上に、疲労回復したのです。 たまたまかもしれません。 ですが、夫が疲れを癒すのに、必ずしも私の淹れる紅茶が必要ではないということが立証されてしまいました。 私は、心のどこかで、自分にしかないこの不思議な力こそが夫を支え、日夜を問わないハードワークから守っているのだと信じ切っていたのです。 けれど今回、それがただの思い上がりだったと知らされたようで、自分でも信じられないほどにショックを受けていたのでした。 すると男性は「ああ、そうですか………そっちに………」と、ため息を吐いてらっしゃいました。 何を思ってらっしゃるのか、腕組をして項垂れてしまいます。 「ご期待に応えられず、すみません……」 私もショックでしたが、私のことをMMMコンサルティングで役立つ素材だとスカウトしてくださったこの男性も、きっと幾分かはショックを感じてらっしゃることでしょう。 私は本当に申し訳ないと感じていたのですが、男性はパッと顔を上げると、 「ああ、いいえいいえ、あなたが謝ることなんて何もないですよ」 優しく慰めの言葉をくださいました。 「ですが、私の紅茶が夫の元気の源だったわけではなくて…」 「あなた自身ですよ」 「………はい?」 「ですから、人を癒す力…”魔法の元” となるのは、あなたのお淹れになる紅茶ではなく、あなた自身ですと、そう申し上げたのです」 諭すように告げられた男性のセリフを理解するのに、私は数秒ほどかかってしまいました。 ですが数秒経ったとて、 「………私自身?」 そう問い返すのがやっとでした。 だって、元気になったとか不調が改善したとか、そう喜んでくださるのは私の淹れた紅茶を飲んだ人ばかりなのですから。 なのに、私と紅茶は関係ない、この男性は今そう仰ったのです。 「ええそうですよ。昨日も誤解されてるようで気になっておりましたが……、まさかそう受け取られるとは思いませんでした」 「でも……でも、私にお礼を言ってくださるみなさんは、必ず私の紅茶を召し上がってらしたのですよ?」 「そうですねえ……」 男性は少々困ったように呟き辺りを見まわしてから、すっと、ベンチの脇に転がっている石を指差しました。 「あの石、さっきからずっとそこにありましたが、お気付きでしたか?」 「え?いいえ……」 何の変哲もない、小さな石です。 薄い灰色、もしくは濁った白色といった、どこにでもありそうな石。 他にも同じような石はそこら中にあります。 すると男性が指を下げた瞬間、その石が赤茶色に変わったのです。 「――っ!?」 一瞬の出来事でした。 あまりに驚いた私は両手で叫び声を閉じ込めましたが、男性は私に向き直ると、 「どうですか?あれなら、気付く人も多いと思いますが。何もなければ多くの人は気付かない。でもああやって色が付けば、気付く人は増えるはず。あなたの紅茶は、まさしくそれだったのでしょう。ああ、ちょうどあの小石も紅茶色ですね」 淡く微笑んだのでした。
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