黄昏れ時の勇者と魔法使い

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「え、どういうこと?」 「お姉さん以外にチョウチョに触った人はいないよ?」 「まさかお兄さん?」 「違うよ。きみ達だよ」 「おれ達?」 「なんでなんで?」 「おれ達なんにもしてないですよ?」 「そうだよ、ただこいつがお姉さんに蝶を渡しただけだよ」 「でもきみ達がさっきの蝶を見つけて保護していなかったら、もしかしたら誰かに踏みつけられていたかもしれないだろう?それに、もしきみ達が蝶を取り囲んでいなかったら、さっき僕はきみ達の横を素通りしていたはずだ。そうしたら、このお姉さんと蝶を出会わせることはできなかっただろう。ほら、あの蝶が元気になれたのはきみ達のおかげじゃないか」 男性は男の子達に身を屈めながら、とても優しく仰いました。 「そ…そうかなあ?」 一人の男の子が照れ臭そうにそう呟くと、また一人、また一人と、みんな可愛らしく満更でもなさそうな表情に変わっていきます。 「そうだよ。だから、きみ達だって、あの蝶にとったら傷を癒してくれた立派な魔法使いになるんじゃないかな」 男性は見事なほど自然に、男の子達を ”魔法使い” に仲間入りさせてしまったのでした。 もちろん、それは言葉の綾でしたし、男の子達もまさか本当に自分達が魔法使いになったなんて思ってもいません。 ですが、強く否定する子も、一人もいませんでした。 「でも、おれは魔法使いよりも勇者の方がいいけどな」 「あ、じゃあおれは騎士がいい!」 「おれ戦士!」 「騎士と戦士ってほとんど同じじゃん」 「いいんだよ」 ぽんぽんとゲームやファンタジーの世界でよく聞く役職が飛び交うのを、私は微笑ましく思っていました。 話題の主人公が私から男の子達に移っていったおかげで、私への質問攻めも終了となりそうです。 そしてそれを決定づけたのは、男性から男の子達へのひと言でした。 「それはそうと、そろそろ塾に行く時間じゃないのかい?」 いっせいに男性に注目が集まりました。 「え?」 「おれ、塾のことなんてお兄さんに話したっけ?」 「お前が話してないなら、この人がなんで塾のこと知ってるんだよ?」 「ねえお兄さん、なんで知ってるの?」 男の子達は驚いたように尋ねますが、一人が携帯電話を取り出し時刻を確認したようで、 「あ!本当にやばいかも!」 大声で焦りはじめたのです。 男性はトドメとばかりに仰いました。 「ほら、急いだ方がいいんじゃないかい?」 「うん、そうする!」 「ありがとう!じゃあね!」 「お姉さんもありがとうね」 「お兄さんお姉さん、ありがとうございました」 「さようなら!」 「あ、みんな、急いで怪我しないでね!」 「はーい!ばいばーい!」 「気をつけてね、行ってらっしゃい!」 私の声かけに「行ってきまーす!!」と勢揃いで返してくれた男の子達は、そのまま元気いっぱいに駆け足で公園から出ていったのでした。
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