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とりあえず、財布とスマホと鍵のみを握って家を出た。
高校生が一人で出歩く時間帯ではないけれど、コンビニはすぐ近所だし、制服を着てるわけではないので平気だろう。
コンビニの店員によっては夜遅くの高校生の入店を断ったりもするらしいが、幸いにも私は今までそういう経験はなかった。
寛容な店員なのか、私が高校生には見えないだけなのかは定かではないものの、どちらにしてもパパッと帰れば問題ないはずだ。
真夜中、外には誰の姿もない。
大きな月に見守られながらの夜道は、まったく怖くなんかない。
むしろ人影のない世界はとてもリラックスできた。
学校でも家でも外出先でも、人と目を合わせないこと、人の目を見ないことを最優先して生きている私には、人の目そのものがない空間は安息場所だった。
でも、それはつまり孤独とセットなのだ。
一人が居心地良いのに、独りになりたいわけじゃない。
複雑な胸の内を誰かに聞いてほしい瞬間はあったけれど、「私、人の嘘が見抜けるの」なんて、いったい誰に言えるだろう。
とたんに気分が沈んでしまいそうになり、私は大きな月でも見上げて浮上させようと試みた。
そのときだった。
ふと、足が止まった。
「………こんな建物、あったっけ?」
自宅からさほど離れていない場所なのに、見覚えのない洋館が建っていたのだ。
ここは空き地で、確かあそこは……そうだ、地域の災害対策物資の保管庫だったはず。
なのにその倉庫の影もなく、瀟洒な洋館に為り変わっていたのである。
「なに、ここ………お店?」
パッと見はカフェやプチホテル、あるいはお洒落な美容院や雑貨屋のようにも思えた。
でもそんな店が近所に新しくできたのなら、母が私に教えてきただろうに………
不思議なその建物は窓という窓が明るくて、中からは楽し気な笑い声が聞こえていた。
そして、空腹を刺激する美味しそうな匂いも。
この匂いは……パンケーキ?それともフレンチトースト?
甘い匂いから想像を膨らませていると、ふいに正面扉が開いた。
自動ドアだったのだろうか?
けれど吸い寄せられるように一歩入ると、その瞬間、すべての笑い声がぴたりと止んだのだ。
……え、入っちゃだめだった?
つま先から、血の気が引いていく気がした。
けれど、焦って後ずさりしようとした私を、奥から引き止める人がいたのだ。
「まあまあ、こんばんは。いらっしゃいませ」
その女性の声は私に大きな安堵をくれた。
ここはやっぱりカフェだったのだ。
「すみません、一名なんですけどいいですか?」
尋ねると、奥からは結婚式の参列者のような黒の総レースのドレスを着た女性が現れた。
可愛らしい人だ。
もちろん目は合わせられないけれど。
女性は「もちろんよ。どうぞお入りになって?」と、貴婦人のような口調で招き入れてくれたのである。
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