黄昏れ時の勇者と魔法使い

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《なんで知って………ああ、彼女(・・)か》 「彼女(・・)以外に誰がいるのさ。ところで、今大丈夫かい?」 《ああ。今夜は静かな夜だからな》 「救命救急医の仕事が忙しくないのは、何よりだ」 《まあな。で?今日会ったんだろ?どうなったんだ?》 「彼女(・・)本人からはまだ連絡はないのかい?」 《仕事中はよほどのことがない限り連絡を寄越さないからな》 「さすがだな」 《まあな。それより、いつ急患が来るかわからないんだ。早く話してくれ。昨日お前から頼まれた通り、昨夜も今朝も彼女(・・)の紅茶は我慢したんだからな》 「わかってるよ。僕だってそう思ったからこうして連絡したわけだしね。でも、どちらにしても家に帰れば彼女(・・)から詳細を聞くとは思うけど?」 《だとしても、早く知りたいんだよ。で、どうなったんだ?MMMに入るのか?》 「まあまあ、落ち着けって」 《勿体ぶるなよ。そもそもお前が俺におかしなこと頼むから余計に気になって仕方ないんだ》 「それはすまなかったね。僕だって、あれはしくじったと反省したんだ。まさか彼女(・・)があんな風に考えるなんて思ってなかったし……」 《何のことだ?》 「いや、彼女(・・)が、周りの人の体調が良くなってるのは自分の力ではなく紅茶の効能だと思っていたようだからね」 《ああ、それで ”紅茶を飲むな” ってことか》 「そうなんだ。紅茶ではなく彼女(・・)自身にその力があるのだと自信を持ってもらいたかったんだが………どうやら彼女(・・)は控えめな性格のようだね」 《まあ、謙虚な方ではあるな。で?MMMの件はどうなった?》 「一応いろいろ説明はさせてもらったよ。ただまだ具体的な返事は聞いていない。お前に相談してから決めたいそうだ。夫婦なら当然だろうけど」 《ということはつまり、彼女(・・)、やっぱり魔法使いで間違いないんだな?》 「それは間違いない。MMMの名刺だって完全に読めていたからね。お前だって知ってるだろう?あの名刺は魔法の元がない人間には白紙にしか見えないと」 《そうだな………仕事柄、MMMとは関りがあるが、いつまで経っても俺には一文字も見えてこない》 「医療関係はMMMのお得意様だからね。そこの繋がりで病院や施設を訪れた際に発見される仲間も多い」 《それを言うなら、お前のとこだってそうだろ?警察署も、病院同様にいろんな人が訪れるじゃないか》 「そうだね。警察関係も医療関係も、何かとMMMと関わる機会が多い。今回も、そのおかげで彼女(・・)を見つけられたんだ。まさか免許更新に来ていた仲間が、お前の奥さんだとは想像もしなかったな」 《俺は、お前がうちの管轄に異動になったと聞いて、多少の予感はしていたけどな》 「じゃあお前も、彼女(・・)そう(・・)だと気付いていたんだ?」 《ああ。医者になってからMMMのことを知って、親しくなったMMM関係者からMMMや魔法の話を聞いていくうちに、もしかしたら彼女(・・)そう(・・)なんじゃないかとは疑っていた。だが彼女(・・)は自分の異質さをポジティブに捉えていたし、相談されない以上は特に俺から話すことはないと思っていた。だから、お前から結果を聞いて、やっぱりそうか……と納得した反面、いざ確定されると、正直複雑な気もしてる》 「なぜ?」 《彼女(・・)はいつも人の役に立ちたいと思ってるような人だから、その意味ではMMMはもってこいの職場だと思う。MMMがこの国の社会でどれほど重要な存在かはお前がよくわかってるだろ?医療、警察、法曹、教育、マスコミ、経済、政治……おそらくMMMの世話になってない人間は国内にはいないだろうからな。でも俺が仕事でMMMと関わるときは、決してポジティブなケースばかりじゃない。だから、もし彼女(・・)がMMMに入ってそういう場面に出くわしたとき、優しい彼女(・・)が心を痛めないかと心配なんだ》 「えらく大切にしているんだな」 《当たり前だろ、夫婦なんだから》 「まあ、そんなお前だから、彼女(・・)も懸命に支えようとしているんだろうな。自分だけの勇者を」 《………勇者?誰が?》 「彼女(・・)が言うには、誰かのために頑張って家路につく人は皆、勇者になるんだそうだ。夕方、駅前の公園で駅から出てくる人達を眺めていたときにそう思ったらしい」 《ああ、彼女(・・)らしい発想だな。夕方の、勇者………いや、彼女(・・)なら、”黄昏れ時の勇者” みたいな呼び方をしたんじゃないか?》 「………どうしてわかったんだ?」 《夫婦だからな。ずっと一緒にいると、お前みたいに魔法を使えなくても相手の考えてることがわかるんだよ》 「それはすごい」 《そんな大したことじゃ………おっと、悪い。呼び出しだ》 「すぐ行ってくれ」 《悪いな。ああ、言い忘れてた》 「何だい?」 《彼女(・・)を……()を、よろしくお願いします。お前はMMMの社員じゃないが、だからこそ、乗れる相談もあるだろうしな》 「わかった。もともとそのつもりだったよ」 《それを聞いて安心した。じゃあな》 「じゃあ。仕事頑張って、先生、またの名を ”黄昏れ時の勇者” 様」 《お前もな。おまわりさん、またの名を ”魔法使い” さん》 黄昏れ時の勇者と魔法使い(完)
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