満月に集う魔法使い

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「…………は?魔法使い?」 前代未聞の質問に思わず眉間に皺が走ったところで、新たな登場人物が現れた。 「―――おい誰だ?こんな時間に未成年を連れてきたのは」 入口の方から男性の低い声が響き、反射的にそちらを見てしまう。 すると、スーツの上着を脱ぎベストにネクタイ姿の、いかにもセンスがよくてデキるビジネスマン風な男性が大きなスーツケースを携え厳しい顔で立っていたのだ。 「あ、お疲れっす」 「満月の晩まで海外出張ですって?お疲れさまね」 「ずいぶん面倒な案件だったそうだね」 「おかえりなさい。コーヒーでよろしくて?」 彼らは気心知れた態度でデキる風の男を口々に労った。 けれど、 「あなたも、フレンチトーストとコーヒーでよろしくて?」 ドレスの女性が私にも自然とそう訊いてきたものだから、大慌てて引き止める。 「いえ、私もう帰りますから!間違って入って来ちゃって、本当にすみませんでした」 再度頭を下げると、デキる風の男がさらに怪訝な声をあげた。 「間違って?どういうことだ?ちゃんと設定(・・)しておいたんだろう?」 「もちろんよ。一番乗りだった私がちゃーんとしておいたわよ?」 「だったら間違いとはどういう意味だ?」 「おそらく、彼女は未発見(・・・)のケースではないかな」 「ああなるほど。でも、よく今まで普通の社会で生きてきたっすね」 「それなら苦労も多かったでしょうに。ねえあなた、もういいからお座りなさいな」 「それがよろしくてよ。すぐにフレンチトーストを焼いてきますから、少しお待ちになってて」 あわあわするばかりの私の腕を、スカーフの女性が引っ張って座らせる。 ドレスの女性は私の返事を待たずに部屋を出ていったし、デキる風男は私と角を挟んで隣に腰を下ろした。 彼がくいっとネクタイをゆるめるのが視界の端に映った。 「未発見(・・・)なら、仕方ないな」 男は吐息混じりに納得した様子だった。 「………あの、未発見(・・・)ってどういう意味ですか?」 誰とはなしに尋ねると、隣の女性が「それについてはちょっと話が長くなりそうだから、また後で教えてあげるわね」とウインクをよこした。 それから彼女は私越しにデキる風の男を見ると、たったひと言、「で?」と催促するように訊いた。 すると、まるでそれを待ってましたと言わんばかりに、デキる風の男がソファの背に体を預け、ゆっくり足を組んだのだ。 「万全だ。明日には何らかの発表があるだろう」 そしてそれが合図だったかのように、そこからは、まるでパチパチ弾けるソーダの泡みたいに、次から次へと愚痴が跳ね上がっていったのだった。 「さすがだね。今回のクライアントは厄介だっただろうに」 「そうかしら?あの人達の無理難題はいつものことじゃない?」 「でも今夜は満月っすよ?」 「オフの満月まで働いたんだ、ギャラの値上げを要求すべきだよ」 「俺もそう思ったから、向こうにははっきり言っておいた」 「あら、何て?」 「いつまでもお宅らの我儘には付き合いきれませんよってね」 「マジ?マジでそんなこと言ったんすか?」 「なんて言えるわけないだろ。少なくとも今の段階ではな」 「そっすよね、びっくりしたー」 「言えるものなら言ってみたいものよねぇ」 「完全同意だね。最近の彼らは少々調子に乗り過ぎだ」 「調子に乗るって言ったら、最近のファッションも調子乗ってるっすよね。あの鼈甲(べっこう)眼鏡なんか、超似合ってないっす」 「あら、それを言うなら派手な真っ赤なネクタイもじゃない?センス疑うわ」 「だいたい、俺達魔法使い(・・・・)だって無尽蔵に力があるわけじゃないんだ。自然相手じゃ無理なこともある。それを奴は理解しない。しようともしない。今回の出張でよくわかった」 「で、美味しいとこは自分の手柄にするわけでしょ?性格悪いったらありゃしないわよねえ」 「ま、俺達はしょせん黒子ですからねー」 「おや、黒子には黒子の矜持ってものがあるんだよ?」 「その通り。これ以上は奴の上に掛け合うまでだ」 「でも上も上じゃない?いっそ、面子(メンツ)を総入替できたらいいのにね」 「え、そんなことできるんすか?」 「あら忘れてない?私達は魔法使い(・・・・)よ?」 「だが相手は最大のお得意様方だからね。取引中止は惜しい」 「だからこうして愚痴を吐き出し合ってストレス発散してるんじゃない。そうでもしてないと爆発しちゃうわよ」 「だったら、奴には一度爆発して痛い思いをさせた方がいいかもしれないな」 「おやおや、怖い顔だ」 「その時は絶対私にも声かけてね。特等席で観賞するから」 「僕もぜひ見てみたいね。彼らが慌てふためいてるところを」 「そんな生ぬるいことはしない。やる時は徹底的に叩きのめして、もう二度と魔法使い(・・・・)を好き勝手に利用するなんて気さえ起こらなくさせてやる」 「あらあら、あちらさんも随分怖い敵をつくっちゃったわねぇ」 「自業自得さ。我々魔法使い(・・・・)は彼らの便利道具じゃないんだ」 「まあ何にしても、ほんとお疲れさまっした」 私の存在に構わず繰り広げられる愚痴合戦に呆気にとられ、私もぽかんと顔を上げていた。 どうやら彼らは同じ職場仲間のようで、今日…というか満月の日は本来ならば休みらしく、デキる風の男性の仕事相手がいつも無理難題を押し付けてくる、我儘で有名なろくでもない人間らしい……ということは理解できた。 ただ問題は…………………彼らが、自分達を ”魔法使い” と自認している点だった。
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