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もしかして、やばい人の集会だったのだろうか。
さっき私に対しても ”あなたも魔法使いだ” とか言ってたたし……
まさか、新手の宗教?詐欺?…………これってヤバいんじゃない?
急に怖くなった私は、そろりと体をずらし、すぐ逃げられる体勢をとった。
が、
「あら、どこ行くの?」
「フレンチトーストがまだっすよ?」
「彼女の手料理は絶品なんだよ?」
三方向から圧がかかってくる。
「いや、でも………その………魔法使いっていうのは、ちょっと………」
恐々ながら素直に不信感を口にすると、デキる風の男がぐっと顔を寄せてきて。
「何を言うんだ、ここにいるいうことは、きみも立派な魔法使いだろう」
さっきと同じことをまた言われたのである。
まるで本気でそう信じ込んでるような、異を唱える私こそが間違っているかのような言い草だ。
でも隣の女性まで「そうよ?だって私が魔法使い以外の人間にはこの館は見えないように設定しといたもの」と加勢してきたのだ。
「設定………ですか?」
そういえばさっきもそんな単語が出てきた気がする。
でも他の人に見えなくするとか、そんなイリュージョンみたいな真似、本当に可能なのだろうか?
いくら優しそうな女の人相手でも私は警戒心を解くべきではないと身構えた。
もちろん、こんなとき、私なら相手の目を見ればすぐに嘘だと見抜けるけれど、その力を都合のいいときだけ利用できる器用さは、生憎まだ持ち合わせていなかった。
例え相手が怪しかったり、私の嫌いなタイプだったとしても、よほどのことがない限りは、相手の嘘を決定的に見抜くことへの罪悪感は拭いきれないのだから。
すると、ハンチングの紳士がさして気を悪くした様子もなく、「きみが不思議がるのも無理はないよ」と、むしろ私を気遣うように言ったのだ。
「だってきみは、未発見だったんだからね。ああ、未発見というのはね、まだ自分自身が魔法使いだと認識していない者のことだよ」
「………はあ?」
とうとう、心の底から怪しむ声がこぼれてしまった。
けれど彼らは私の反応など気にもとめず、会話も止めない。
「自分は普通の人とは違ってるなーとか、思ったことないっすか?」
「普通の人と、違う………?」
ギクリと反応してしまう。
そんなの、あれしかないだろう。
でも今まで誰にも打ち明けられずにいたことを、こんな誘導尋問みたいな流れで認めたくはない。
しかも初対面の、こんなおかしな人達に。
私は逃げるように視線を彷徨わせた。
けれど
「あるんだな?」
デキる風の男性に鋭く問われてしまう。
そんなの、適当に ”ない” と答えておけばいい。
どうせこの人達とはもう二度と会うこともないだろうから。
でもそれでは、嘘になるのだ。
私の大嫌いな嘘に。
他の誰が嘘と見抜けなくても、私自身が嘘だと知っている。
言い淀んでいると、スカーフの女性が「答えたくないなら無理に答えなくてもいいのよ?」と救いの手を差し出してくれた。
私は幾分ホッとして、すぐにその手を取ろうとしたけれど、彼女のセリフにはまだ続きがあって。
「でもね、もしあなたに心当たりがあるのなら、それが魔法の元になるのよ。そしてその魔法の元が育って、魔法使いへと育っていくの。つまり、魔法の元を持っているあなたは、私達の仲間なのよ」
「………魔法の…元?」
あれが?
突飛な話のあまり、パッと顔を上げてしまった。
その刹那、デキる風男性のまっすぐな眼差しとぶつかった。
しまった!そう思っても、もう手遅れで………
彼は私と目を合わせたまま告げたのだ。
「普通の人間にはない力を、我々は魔法と総称している。魔法と言っても、何も空を飛んだり火を放ったりといったファンタジー要素の強いものじゃなく、ちょっと勘が鋭い、視覚や聴覚が人より優れている、他人の感情の機微に聡い、そういった些細な人との違い、特徴、それらは魔法の一種、もしくは魔法の元となるんだ。以前は超能力や妖術などと呼ばれていた時代もあったが、今は魔法と呼ぶことの方が多いだろう。ゆえに、もしきみにも何か人と違うものがあるというなら、きみも魔法使いというわけだ。そしてここは、魔法使いが満月の夜に集う憩いの場で、この館自体は我々の仲間、即ち魔法使いにしか見えないように、そして扉も我々にしか開閉できないように設定済みだ。以上のことから、きみはこの場への参加資格を有している魔法使い、または魔法の元の持ち主で間違いない。理解したか?」
おおよそ歓迎されているような口ぶりではなかったものの、丁寧で、その端々には、何も知らない私への配慮が潜んでいる説明だった。
「ほら、よく言われてることだけど、日本の怨霊や幽霊よりも英語でゴーストって言った方が怖くないし、映画でもポピュラーじゃない?それと同じで、超能力とか霊能力って呼ぶより魔法の方が万人受けしそうでしょ?」
「某魔法学校のおかげだね」
「でも俺だって最初は信じられなかったっすよ?」
「未発見のまま、自分が魔法使いとも知らず、魔法使いとも出会えず一生を終える人も多いからね」
「ゾッとしちゃうわよねぇ。私、自分が魔法使いだって知る前は、一人ぼっちだったもの。でも、こうして仲間と出会えたおかげで……」
女性が言うと、私の髪が風もないのにふわりと持ち上がり――――
「魔法も手に入れることができた」
――――パサリと落ちる。
「―――っ!?」
驚く私を置いて、彼らはうんうんと頷いた。
「俺もっす。人と違うっていうのは即行で孤独を連れてくるっすよね」
「だから仲間と出会えた時は嬉しかったわぁ。普通じゃないのは自分だけじゃなかったんだってね」
「きみも、もしかしてそうだったのかな?」
「私………ですか……?私、は……」
動揺が、体じゅうに染み渡っていく。
だって私は、嘘を見抜けるせいで、人の目を見られなくて、人と接するのも怖くて怖くてしょうがなかった。
人は常に嘘をつく生き物だから。
相手が嘘をついてることにショックを受けるのも、相手の嘘を見抜いてしまったことへの罪悪感に襲われるのも、もううんざりだった。
でもこんな力、どうにかしたくても、誰にも打ち明けられなくて、だからずっと独りで…………
”普通じゃないのは自分だけじゃない”
その言葉が、今夜の月のように私の夜道を照らしはじめていく。
ドクドクドクと波打つ心臓の高鳴りにトドメを刺したのは、デキる風の男性の一言だった。
「俺達は魔法使いだ。きみのことはまだ何も知らないが、きみがここにいるということは、きみは俺達の仲間で、だからきみはもう独りじゃない」
それは、ずっとひとりで堪えていた私の心の蓋を破壊する言葉だった。
だって彼らの目には、嘘が一度だって灯っていなかったのだから。
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