満月に集う魔法使い

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魔法なんてやっぱり信じられない。 でも、でも、手帳がトランクからひとりでに出てきて男性の手に移動したのは、紛れもない事実だ。 私は目も口も開きっぱなしで、男性に釘付けになっていた。 男性は「そう。便利だろう?」と涼しい顔で答えた。 「きみも訓練すればいずれはこれくらいできるようになるはずだ。嘘を見抜くという力だってコツを掴めば自由自在にコントロールできるようになるだろう。慣れてしまえば、きっと今の悩みからも解放されるに違いない。ところで、きみのその力だが、あまり聞いたことのないものでね。心を読むというのはよくあるんだが、一瞬で嘘だと認識できるのは珍しい。今後、何かと役立ちそうだから、きみのことを上に報告してもいいか?丁度明日の朝会議がある」 手帳で確認しながら訊いてくる男性に、私は猛スピードで現実に引き戻された。 「会議……?ちょ、ちょっと待ってください、あなた達の仕事っていったい………」 さっき彼らが繰り広げていた愚痴から、みんな同じ職場だということはわかっている。 そして彼らの自己申告通り全員が魔法使いだと仮定するなら、その仕事というのは……… 「簡単に言うと魔法を使ったコンサルティングよ。人間世界全般のね。だいたい何でも請負うけど、今夜みたいな満月の夜だけは一般の人間の目につきやすいからお休みなの」 スカーフの女性が説明すると、ハンチングの紳士が「興味あるかい?」と尋ね てくる。 「それは………」 私はとっさに視線を下げてしまった。 興味なんかあるに決まってる。 大ありだ。 この力をコントロールできるなんて想像もしてなかったし、そんな方法があるなら何が何でも知りたい。 だけど、今ここで即答してもいいのだろうか。 さっきは ”もう独りじゃない” と言われてうっかり泣いてしまったけれど、涙が収まった今、この初対面の怪しい面々をすべて信じてもいいものか、躊躇が過ってしまったのだ。 彼らが嘘をついてないとしても、百歩譲って魔法というものが本当に存在するのだとしても、本当にこの人達は、信用してもいいの? 心の蓋の下ですっかり根付いてしまった人間不信は、蓋が壊れたからといってすぐに消えるわけではないようだ。 すると私の顔色を読んだのか、デキる風の男性が「今すぐ返事をする必要はない」と言い、スッと何かをテーブルの上に差し出した。 「これが俺達の所属先だ。今は興味がなくても、この名刺がいつかきみにとって役立つかもしれない。持っておいて損はないだろう」 男性はそれを名刺だと言ったが、表には大きく『M』の一文字がプリントされているだけだった。 訝しむ私に、彼はフッと笑ったような吐息とともに告げた。 「そのとき(・・・・)が来たら、そこに書かれている必要事項も読めるようになるだろう。それまでは、満月の夜にここに通ったらいい。我々のうちの誰かがきみを迎え入れるはずだ。そこで色々知っていったらいい。魔法のこと、我々のこと、そしてきみ自身のことも。きみはまだ若い。急ぐことはないだろう。時間なら、たっぷりあるんだからな」 私は名刺をつまみ上げ、裏返してみるも、そこには何も書かれていなかった。 所在地や連絡先はおろか、社名、そしてこの男性の氏名さえも無記載だったのだ。 これでは名刺の役目を全然果たしていない。 でも、この男性がそう言うなら、もしかしたらこの名刺にも、何らかの魔法がかけられているのかもしれない。 そう考えて、自分が ”魔法” という言葉をすんなり使っていることに驚いた。 さっきの空飛ぶ手帳が、私の魔法へのハードルを引き下げたのだろうか……… だとしたら、この目で見てもまだすべてを信じるのは無理だけど、時間をかければ、もしかしたら私もこの人達みたいに……… そうしたら私は、もう二度と、あの諦めの蓋を使わなくて済むのかな。 そんな未来に淡い期待を描きつつ名刺を表に戻したとき、奥から鼻をくすぐるいい匂いが漂ってきたのだった。 「お待ちかねのフレンチトーストが出来上がったようよ」 スカーフの女性の声に振り返ると、フレンチトーストとコーヒーをトレーに乗せたドレスの女性がこちらに向かってくるところだった。 彼女は優雅に「お待たせしてしまったかしら」と微笑んでくれるけれど………… 「っ!?」 私はギョッとして、顔も全身も固まってしまった。 なんと上品この上ない女性の傍らには、テレビや図鑑でしか見たことないような大きな白いヘビがくねくねと体を揺らしていたのだ。 「さあ、冷めないうちにどうぞ召し上がれ」 女性は丁寧にテーブルに並べようとしてくれるも、大きなヘビは、シャーッと長い舌を伸ばしてきて……… 「※℃@&☆◆%$□✖〇★♭÷◇◎♮℉――――――っ????!!!!」 声にならない絶叫を放った私は、そのまま卒倒してしまったのだった。 意識が完全に落ちる手前、遠くで彼らの声が聞こえた気がした。 「だからヘビはやめておけといつも言ってるだろう!」 「まあ、ごめんあそばせ」 「ねえちょっとあなた、大丈夫?」 「あーあ、こりゃダメっすね」 「かわいそうに」 あんな大きなヘビ、心底気味悪いけど、倒れた私に慌てる彼らの声はなんだか心地よくて。 だってその声が、もう独りぼっちじゃない証にも思えたから………… 私は薄まっていく意識を、ほんのりと幸せ気分で味わっていたのだった。
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