第2話(2)砂浜での問答

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第2話(2)砂浜での問答

「な、なんだ⁉」 「いや、貴様がなんだ⁉」  目の前に現れた黒髪ポニーテールの女が俺のことを指差してくる。切れ長の細い目をより細くしている。綺麗なお姉さんだな……いや、違う、そうじゃない。身なりから判断するにまともそうな女性だ。わりと早く、話が通じそうな人と出会うことが出来た。砂浜でのんびりひなたぼっこをしている場合じゃない。ここは冷静に対応しよう。 「……俺は決して怪しいものではない!」 「どう見ても怪しいだろうが!」  ポニーテールの女性が鞘から刀を抜く。日本刀だ――この世界に日本はないから、名称は『サムライソード』だな――まあ、それは別にいい。それにしてもいきなり抜刀するなんて気が短いのか? それともパニック状態になっているのか? 俺は両手を掲げる。 「……まずは少し落ち着け」 「これが落ち着けるか!」 「貴女はやや錯乱しているようだ」 「錯乱しているのは貴様だろうが!」  はい、論破……されたのは俺か。確かにな、腰にやや大きめの海藻を巻き付けただけの男の方が、どこからどう見ても錯乱している。しかし、ここで退くわけにはいかない。 「……一体どこが錯乱していると?」 「そ、その破廉恥な恰好だ!」 「それは貴女の感想だよな?」 「え……?」 「ここを見てごらんよ。とっても美しい砂浜じゃないか。泳ぎや日光浴を楽しむためには絶好の場所だ。むしろ貴女のその恰好の方がよっぽど不適切なんじゃないか?」 「……第一に、薄着になるにも限度というものがある。第二に、この砂浜は確かに美しいが、ここは海水浴場ではないし、この島自体もリゾート地というわけではない」 「……」  どうしよう、冷静に反論されたら、凄い恥ずかしくなってきたんだけど……。なんで俺こんな格好なんだ……? ポニーテールの女性が刀を向けてくる。 「おい、黙るな。一体何者だ?」 「……人に尋ねるなら、まず自分が名乗るのが礼儀というものじゃないか?」 「む、れ、礼儀だと……?」  ポニーテールの女性が一瞬だが、ややたじろぐ。ふむ、どうやらそういうものに弱そうなタイプのようだ。ここは押しの一手だな。俺はわざとらしく両手を広げる。 「やれやれ……礼儀を知らんお嬢さんだ……」 「しょ、初対面の女の前でそんな恰好の奴が礼儀云々言うな!」 「うっ……」  押しの一手をあっさりと返されてしまった。やはり、この恰好ではどうしても説得力に欠けるな……。どうする? ……と思っていたら、ポニーテールの女性が口を開く。 「それにお嬢さんではない……!」 「ん?」 「拙者にはアヤカという名がある……!」  『アヤカ』か……良い名前だ。しかし、一人称が『拙者』の女性か。初めて会ったキャラがなかなかにマニアックだな――ジャック? 誰それ?――とはいえ、世界の東端に位置する小島ならばそんなものなのかもな……俺は顎に手を当てながら考える。 「ふむ……」 「ふむ……じゃない」 「え?」 「貴様の名は?」 「あ、ああ、俺はキョウだ……」 「キョウ……そのような名前の者は島の役人名簿にもないし、監獄に収監されている囚人リストにもなかったと記憶している……本当に何者だ?」 「何者だと言われてもな……」  俺は腕を組む。『ブラック企業の元社畜です』などと言っても、余計な混乱を招くだけだろう。さて、この場合どう答えたら良いものなのか……などと考えていたら、アヤカから次の質問がきた。 「どこから来た?」 「……気が付いたら、ここに倒れていたんだよ」 「……そんなふざけた話を信じるとでも?」 「と言われてもな……他に説明のしようがない……」 『異世界から転生してきたんだよね』と言っても、何言ってんだこいつ……的なリアクションを返されるのがオチだ。とにかく、ここはこう言うしかないだろう。 「……ジャックの一味ではないのか?」 「……なんでそうなるんだ」 「囚人を解放する為、島に奴らが上陸したという情報は掴んでいる。他に考えにくい」 「……この恰好は?」 「それはこちらが聞きたい……大方、仲間割れでもして、身ぐるみ剝がされたのだろう」 「ふっ、随分と野蛮な考え方だな……」 「判断材料が野蛮だからな……どうしてもそういう結論に達する」  アヤカが刀で俺の体全体を指し示す。な、なんだ、この羞恥プレイは……。 「むう……」 「大人しくしていろ、貴様を連行する……」 「れ、連行だと?」 「ああ、ちょうど監獄があるからな……」 「ま、待て、俺はジャックを追い払ったんだぞ?」 「なんだと?」 「それに囚人はほとんど叩きのめした……周りをよく見てみろ」 「!」  アヤカはようやく自分の周りに倒れ込んでいる多くの囚人に気が付く。俺の見事な裸体に釘付けだったのだから、まあ、それは無理もない。俺は笑みを浮かべる。 「……どうだ、疑いは晴れたかな?」 「……この囚人たちを貴様一人で倒したというのか?」 「ああ、そうだ」  俺は両手を腰に当てて、自慢気に頷く。 「……にわかには信じがたいな」 「そんな……」 「その恰好でどうやって?」 「拳で」  俺は右拳を握って掲げる。アヤカが呆れる。 「ふざけているのか?」 「至って真面目だ」 「ジャックは銃の名手と聞くぞ? どうして追い払える?」 「デ、デコピンで……」 「はあ? 何を言っている?」 「い、いや、こうやって……ピン!とやって銃弾を跳ね返したんだ……」  俺はデコピンを実演してみせる。アヤカが本格的に呆れる。 「ふざけるな」 「大真面目だ」 「お嬢……アヤカ部隊長!」  海の方から男が声をかけてくる。アヤカの部下か。アヤカが声を上げる。 「ジャックの船は見つけたのか⁉」 「遠くに離れていくのを確認しました! 今からでは追いつくのは難しいかと!」 「ふむ……では小隊を二つに分けろ! 半分は船を元の場所に戻せ! もう半分は上陸し、ここに倒れている囚人どもを縛り上げ、監獄に連れ戻せ!」 「はっ!」  アヤカの指示を受けた部下たちがテキパキと行動する。部下の内のリーダー格のような男が俺を怪訝そうに見つめながら、アヤカに尋ねる。 「こ、この者はどうしましょうか?」 「連行する。きつく縛り上げろ」 「は、はあっ⁉ だから俺はジャックとは関わりがない!」 「この島はれっきとした我が国の領土……不法侵入だ」 「そ、そんな……」
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