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第41話 事件の真相は闇の中?
21日午前6時、ミュリエルはフィンの腕の中で目を覚ました。
まだ眠っているフィンを、起こさないようにしようと考えたミュリエルは、体を動かさず、頭を働かせた。
今日は、被疑者の身元を特定するために、マルセル警察署の遺体安置所へ行かなければならない。
昨日、遺体の診療録を作成したが、氏名の欄が空欄のままだ。
空挺コマンドーが、その実力を遺憾なく発揮していれば、グループのメンバーと目される人物の身元が、数名報告されているだろう。
ミュリエルは、その名前と遺体を結びつけていくだけでいい。
ミュリエルは、嘆息した。遺体の半数以上が、30歳以下の若者だったからだ。前途洋々な若者たちが、なぜこのような犯罪に加担したのか、どこで道を踏み外してしまったのか、命を投げ打つほどの理由があっのだろうかと、愁然とした。
フェルディナン・サンジェルマンに、若者を惹きつける何かがあったのだろうかと考えた。彼は何をしたかったのだろうか、死んでしまった今となっては、誰にも分からない。
マルシェで賑わうフォントネー広場や、汽車の発着が終わったマルセル駅を爆破した理由は、何だったのだろうか。デモスのように何かしらの主張があったのだろうけど、それが何かは見当もつかない。
ホテルの火災は、おそらく私怨だろう。彼らとフェルディナンの間に、何かがあって、復讐を果たした。だとすると、フェルディナンにとって、この一連の爆破事件の核となるのはホテル火災だ。
ならばなぜ、最後にしたのだろうか、広場や駅を爆破してしまったら、ホテルの宿泊客に逃げられる恐れがある。現にマルセル駅には、マルセルから脱出しようとする人たちが押し寄せた。
『慈愛の天使に死を』という予告めいた言葉も、果たされぬままだった。
フェルディナンは、ミュリエルを重要視していなかったということなのだろうか。フォントネー広場で、たしかにミュリエルは死にかけた。魔法が使えなければミュリエルは、あそこで死んでいただろう。
ミュリエルに魔法が使えることを、フェルディナンは知らないはずだ。だから、暗殺に失敗した。執拗に追ってくるかと思われたが、その後、ミュリエルの命が脅かされることは一度もなかった。
そもそも、ミュリエルを殺したいのであれば、王都パトリーで狙ったほうが成功する可能性が高いのではないだろうか。
ミュリエル薬店に警備と呼べるようなものはない。家の扉に鍵がかかる程度の防犯対策しかしていないし、薬店なのだから、日中はその扉も、常に鍵が開いている状態だ。反対に王室専用ヴィラは警備が厳重、侵入は不可能と言っていいくらいだ。ミュリエルに小包を送ったところで、検閲に引っかかり、ミュリエルの手元には届かないだろう。
そう考えると、広場と駅の爆破には、目的などなかったのではないかと思えてくる。ただ騒ぎを起こしたかっただけなのではないだろうかと、ミュリエルは考えた。
「おはよう、ミュリエル。難しい顔して何を考えてるの?」目を覚ましたフィンが訊いた。
「おはようございます。どうしてデュヴァリエ伯爵は、私を殺さなかったのだと思いますか?」
「そうだな、まともな精神じゃなかったんだろう。だから、物事を順序だてて考えることができなくなっていた。精神が破綻していたんだよ」考え込んでいるミュリエルのおでこに、フィンがキスをした。「ミュリエルは無事だった。家族も無事だった。そのことに感謝すればいいだけだよ」
ミュリエルは納得して頷いた。「軍がメンバーの氏名を探り当てていたら、遺体安置所へ行って照合しなければなりません」
「他の人に任せられない?俺はミュリエルとバカンスを楽しみたいんだけどな」フィンが拗ねたように口を尖らせて言った。
「私は彼らの診療録を作りました。最後まで責任を持ちたいのです」
「しょうがないな、付き合うよ。でも、それが終わったら、今度は俺に付き合ってもらうからね」
「分かりました。ですが、無理な要求は聞き入れられませんよ」
「いいよ、それじゃあ、支度をして朝ごはんを食べてから、海軍の様子を見に行こうか」フィンは起き上がってミュリエルに手を差し出した。
「はい」ミュリエルはフィンの手をとって、バスルームへと向かった。
支度を終えたミュリエルたちが、小さなレストラン『ソレイユ』に向かって歩いていると、アラン・シャミナード上等兵層にばったり出くわした。そこで、ミュリエルは、昨日爆死した彼らの名前が、判明したかどうか知りたいと伝えた。シャミナードは、確認をすると言って立ち去った。
ソレイユにはモーリスたち、ミュリエルの家族が揃って朝食をとっていた。
ミュリエルが楽しい会話に耳を傾けていたとき、シャミナードが、国に登録されている戸籍の情報を〈フランクールの戸籍には氏名、住所、生年月日、性別の他に、容姿の特徴が記されている〉まとめた紙を持ってきた。
「ミュリエル薬師、全員判明したわけではないのですが、11名の身元をつかみましたので、お持ちいたしました」
「ありがとうございます」ミュリエルはその紙を受け取った。
「引き続き、氏名が判明しましたら、お知らせいたします」
「よろしくお願いします」
シャミナードはきびきびとした足取りで、歩き去った。
「爆死した連中の名前か?もう分かったのか?」いくらなんでも、数週間かかるだろうと思っていたモーリスは、驚いて言った。
「ええ、もしかすると、彼らに隠れる意志は、なかったのかもしれません。だから、容易に探し出せた……」
フィンがミュリエルの言葉を補足した。「もしくは、彼らに隠れる知識がなかったか、だね。人は動けば何かしらの痕跡を残してしまうものだ。それを消して歩くのは、そう容易いことじゃない」
ミュリエルと、フィンと、モーリスは、朝食を食べ終えてすぐに、マルセル警察署の遺体安置所へ出向いた。
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