第8話 打ち明ける

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第8話 打ち明ける

 午後21時、ミュリエルとモーリスは、イザークと別れ、レ・ドニに戻ってきた。 「おかえり、ミュリエル」  フィンは、ミュリエルが怪我をしていないだろうかと、危惧しながら、刻々と過ぎていく時間を、未だ戻らぬ愛しい人を思い、やきもきした気持ちで過ごした。  数時間ぶりに見るミュリエルは、怪我はしていないが、その顔に疲労が現れていた。  フィンはミュリエルの頬を、そっと撫でた。 「ただいま戻りました。私は大丈夫です」フィンの顔を見た途端に、心が解れるのを感じ、ミュリエルは、知らず知らずのうちに、張り詰めていたことに気がついた。 「爆発の原因が何か分かった?」 「マルセル警察が調査しています。爆発の規模からして、ガスボンベが疑わしいですが——」 「屋台は石炭を使っている店ばかりだった。とすると、屋台は除外か?」 「崩壊が1番酷かったのは、広場の東側で、火柱が上がったのも東側です。東側にも屋台は何軒かありましたし、石炭を使っていたからといって、ガスボンベを持っていないとは言い切れません」  モーリスは眉を(ひそ)めているミュリエルの肩に手を乗せ、力を抜くよう促した。「なあ、ミュリエル。事故はいつだって起きてしまうものだ。酷く残念だが、人が死んじまうことも、往々にしてあるもんだ。それを、薬師は引きずってちゃならない。助けられる命のことを考えるんだ。追加で治療が必要なら、手を貸せばいいだけさ。それが、薬師にできる限界だ」  ミュリエルは、全ての命を助けられるわけじゃないと、スルエタ流感の流行で痛感したが、それでもやはり、誰にも死なないでほしい、家族や友人のもとに、元気に帰って行ってほしいと願った。  数十年、薬師をしてきたモーリスからしたら、きっと自分は、まだまだ未熟なのだろうと思うと、少しだけ気分が落ち込んだ。 「フィンさん、お義父様とお義母様は、どうされていますか?」 「ここに戻って来るまでは動揺してたけど、今は落ち着いてるよ。ジークはいつものように、ムカつくほど冷静だ。エルは取り乱してたから、ジークが落ち着かせてる」 「ジゼルさんたちは、どうですか?」 「長年、薬師の妻だっただけあって、ジゼルさんはしっかりしているよ。今は併設されてる教会で祈ってる。シャンタルさんはシャンタルさんだ。想像通りだよ。イザベルさんとギャビーは、ずっと泣いていて、疲れてしまったようで、部屋に戻って休んでいる。ユーグとティボーは、まだ幼すぎて、死というものを理解しきれていないのかもしれない。ケロッとしてる。シャンタルさんが子守をしてくれてるから、心配いらないよ」 「俺はジゼルのところへ行って、イザベルとギャビーの様子を見てくるから、お前たちはグライナー伯夫妻の様子を見てこい」モーリスはそう言い、ジゼルがいるであろう教会の方へ向かって歩いた。  戦争に、薬師として出征しなければならなくなった時、モーリスはジゼルにプロポーズし、出征前日に、ささやかな結婚式をあげた。死ぬかもしれない夫を、ジゼルは、ただひたすら神に祈りながら、帰りを待った。  モーリスは砲弾が飛び交う戦地で、ジゼルから渡された、一通の短い手紙を毎晩、月明かりにかざして読んだ。ただ『私より先に死んだら許さない。私を愛しているなら、生きて帰って』そう書かれている手紙を、今もまだ大事に持っている。  自分はつくづく幸せ者だなと思い、モーリスは、目頭が熱くなるのを感じた。  結婚して数十年が経った。知人の中には、妻を疎む奴もいるが、モーリスは妻を未だに、結婚当初と変わらず、愛おしいと思っていた。恥ずかしくて声に出して言ったことはなかったが、今日はジゼルを抱きしめ、愛の告白を、神が聞くその場で、ジゼルに伝えたいと思った。  ミュリエルは、矢継ぎ早に質問されるだろうことを覚悟して、体調を伺うため、フィンの両親のヴィラを、フィンと一緒に訪ねた。  フィンの家族は貴族らしく、その顔に、動揺も、恐怖も、好奇心でさえも浮かべていなかった。だが、なぜ自分たちだけ、あの爆発から、傷ひとつ負わず助かったのか、疑問に思っているだろうことは、ミュリエルにも分かっていた。 「お義父様、お義母様、お怪我はありませんか?」 「私たちは問題ない。爆発の原因は分かったか?」ヘリベルトは、緩やかに葉巻の煙を燻らせた。それは、ヘリベルトにとって、心を落ち着かせる最善の方法だった。 「いいえ、まだ何も分かってはいません。マルセル警察が調査しています。一報が入り次第、お知らせします」確証が持てない話を、するべきではないと考えたミュリエルは、先程フィンにした自分の考えを、話さないことにした。 「そうしてくれ、このヴィラが安全であることを、確認しなきゃならないからな」 「ごもっともです」 「ミュリエルさん、私はね、あなたが何をしたのか気になるのよ。それは当然でしょう?あの状況で、傷ひとつ負っていないなんて、あり得ないということは、爆発に無知な私でも分かります。でもね、フィリップは問題ないと言うし、ヘリベルトも、今は追求しなくて良いと言う。ならば、私からは何も言うことはありません。ただ、私の大事な家族を助けてくれたのが、あなただということは分かっています。そのことに、心からの謝意を表します」 「私は、フィンさんに教わりました。無条件に助けてくれる人もいるということ、そして、人を頼ることは、弱きことではないということを。お二人は、フィンさんが最も敬愛するご両親です。ですので、率直にお話しします」  ミュリエルは、ゆっくりと大きく息を吐いた。背中にそっとあてられたフィンの手の温もりが、心強かった。 「私は大魔術師です。廃れてしまった魔法を使うことができます。なぜ、このような力が、私に宿ったのかは分かりません。今回のことも、先の疫病も、この神が与えし力があってこそ、成し遂げられました。ですが、この力を知られてしまったなら、私は各国から身柄を狙われるでしょう。ですから、大魔術師であるという事実を、明かさないことにしました。この事実を知っているのは、家族と第3王子だけです」 「カルヴァン家秘宝の、魔道具を使ったんだろうと予想していたが、大魔術師か……それはまた、想像以上だったな」ヘリベルトは思案するように額を手で覆った。「君の家族、カルヴァン家の人間は、皆処刑されてしまうだろうから、そこから漏れることはないだろうが、力を隠し通せる自信は、どの程度あるのだ?」 「私は、父であるロベール・カルヴァンの逮捕に、協力をしました。その過程で、第3王子に魔法が使えることを、知られるところとなりました。国王陛下も言及はいたしませんが、薄々勘付いておられます。継続中の裁判に、影響を及ぼすことが考慮され、逮捕に至った経緯に、箝口令(かんこうれい)が敷かれていますから、表沙汰にはなっていません。しかしながら、人の口に戸は建てられないものです。私は派手に魔法を使いすぎました。いずれは、どこからか、漏れるのではと、懸念しています」 「フランクール王は、君の能力を知っていて、ザイドリッツの貴族子息であるフィリップとの結婚を、許したのか?」 「陛下は、私を王宮の奥深くに囲い込むより、自由にし、国に貢献してもらった方が、利益になると判断されたものと、理解しております」 「益々、賢い王だと言わざるを得ないな——君が大魔術師だと知られれば、婚約者であるフィリップ、ひいてはグライナー家にも影響が出るだろう。ザイドリッツの国王は、我々を取り込もうとするだろうな」ヘリベルトは渋い顔で、不満を表した。 「ザイドリッツの国王なんて問題ないわ。フランクール王が、既に賢く立ち回っているのだもの、それを、いかにも賢王であるかのように進言すれば、ザイドリッツ王だって、黙っているしかなくなるわ。ちょっと魔法が使えるくらいで動揺するなんて、ヘリベルトらしくないわよ」アンネリーゼは、ふんっと鼻で笑ってみせた。「ミュリエルさん、話してくれてありがとう。あなたは、もうグライナー家の一員なのだから、何があってもグライナーは、あなたの名誉と命を守るわ。そうでしょう?ヘリベルト」  ヘリベルトは顎に手を当て、わざとらしく考えこんだ仕草をした。「うーん、ザイドリッツの貴族としては、君の利用価値を考えないわけにはいかない、だが……我が愚息を愛してくれる貴重な人材だからな、金を積んででも、フィリップを見放さないでくれと願いたい」ヘリベルトは、歯を見せてニッと笑った。  初対面でも思ったが、ヘリベルトは若者をからかうのが、面白いらしいと、ミュリエルは思った。 「ありがとうございます」ミュリエルは深々と頭を下げた。  その後、ジークフリートとエルフリーデにも、同じように質問され、ミュリエルは同じように答えた。  エルフリーデは、ミュリエルが話している間沈黙し、一族への影響と、愛する兄の将来を熟考したうえで答えた。「本心を言うならば、兄に関わってほしくない」 「エル!」フィンはエルフリーデの発言を、制するように名を呼んだ。  エルフリーデはそんなフィンを睨みつけ、厳しく言い含めた。「私はお兄様を慕っております。お兄様は、兄を心配する妹を、咎めようとなさるのですか?」  フィンはエルフリーデのその気持ちを、嬉しく思うと同時に、ミュリエルを愛している自分の気持ちも、分かって欲しいと、複雑な気持ちを抱いた。 「エルフリーデ様の懸念もよく分かります。愛するのなら、フィンさんを巻き込んではいけないのでしょう」フィンが何か言いたそうに視線を向けてきたが、ミュリエルはフィンの手を取り微笑みかけた。「それでも、私はフィンさんを諦められないのです。我ながら愚かだと思いはしますが、それが恋というものなのでしょう。いざとなれば、フィンさんの家族を命懸けで守ると、お約束します」 「どうやって?ザイドリッツを、欺くおつもりですか?」 「私にはテレポートの能力がありますから、皆さんを逃すことができますし、ZEROとしての収入もあります。貴族は自らの欲望の為ならば、国に逆らってでも、私のポーションを欲しがるはずです。各国の貴族や豪商から大金をせしめてみせます」  第一印象は控えめで、美人だが、それ以外に惹かれる要素はない、陰気なミュリエルの、どこが良かったのだろうかと、疑問に思っていたジークフリートだったが、彼女の自信満々な態度に納得がいった。フィンは気づいていないが、彼はじゃじゃ馬がタイプなのだ。 「それは、頼もしい。そう思わないか?エル。フィルが選んだ相手なんだ。一筋縄ではいかない手強い女だってことくらい、お前だって分かってるだろ」  エルフリーデは愛というものを憂いながら、大きなため息をついた。「ミュリエルお姉様、私の心境も、ご理解頂きたいのです。なにせ、大魔術師は数百年前の歴史上の人物ですからね、戸惑っています。今日まで、グライナー一族は支え合って繁栄してきました。互いに足を引っ張り合う家門など、いずれは滅びます。お父様とお母様が、あなたを家族に迎えると断言したからには、私もミュリエルお姉様を家族と認めます。あなたが何者であっても、家族ならば、支え合うべしという一族の教えに従い、支えるべきでしょう」 「エルフリーデ様、ありがとうございます」 「エルでいいですよ。ミュリエルお姉様」 「でしたら、私もただのミュリエルで、構いません」 「分かりました、ミュリエル。どうやら、今日から私は、兄に敵対心を持たれることになるようですね」  ミュリエルは、拗ねているフィンの顔を覗き込んだ。「エルさんは同性です。私は異性愛者ですよ」 「ミュリエルの言いたいことは分かってるよ。だけど、嫉妬しちゃうんだよ。ミュリエルが、俺以外の誰とも親しくならないで欲しいっていう独占欲かな」 「俺のこともジークと呼んでくれ。遊び人だったフィルを、骨抜きにしてしまうなんて、我が義妹ミュリエルは、悪女なのかもしれないな」 「ジーク!」既に収めていた事柄を持ち出されたフィンは、苦々しくジークフリートを睨めつけた。

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