はじまりの宙

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はじまりの宙

 宇宙から見たその星の姿は、漆黒のベルベット生地に包まれた、極上の蒼玉(サファイア)のように輝いていた。青は海の色、生命をはぐくむ水の色だ。白は雲、灼熱の太陽をさえぎる安らぎの色。緑は植物、生命を養い地を浄化する物言わぬ生命の色。豊かな色合いが混ざりあい、光を内包した球体を成している。  美しい。あの中はいったいどのような光景が広がっているのだろう。対流圏まで降りて、鳥の目で地上を観察したいものだ。 「かの星を浄化し、本来の姿に戻すことが、歴史を記録する司書家(ライブラリアン)の使命なのです。カケル様」    窓に張り付いて星を眺めるカケルに、世話係がお世辞のように言う。しかし、その声には、幼児相手に言い聞かせるような気配もあった。  カケルは十二歳の子供だ。窓硝子に映っているのは、黒に近い藍色の髪に、琥珀の瞳を輝かせた少年の姿。おとなしくしろと清潔な白い衣服を着せられたが、大層窮屈だと瞳で訴えている。 「本来の姿? 僕たちの祖先が汚したのに?」 「贖罪の意味もあるでしょう。今や地上は、人とも怪物ともつかぬ異形のものが跋扈(ばっこ)する世界です」  新天地を目指して旅立ったカケル達の祖先は、故郷の星に戻ってきて驚いた。  ざっと二千年ほど留守にしていた間に、故郷の星では大戦が起きて、人間がいなくなっていた。戦争のため開発されたウイルスやらナノマシンやらが、生命を異形に作り変え、故郷は三流映画に出てくるような怪物が棲む未開の星に様変わりしていたのだ。  さらに恐ろしいことに、故郷に戻った人々を襲ったその怪物【竜】は、人間が変異したものだと判明した。理性を持たないように見える怪物が、人間の成れの果てだとは、にわかに信じがたい。しかし、この世界ではそれが事実だった。  船団を統括する司書家は、故郷の星の惨状に胸を痛め、一つの方針を打ち出す。  我々が星をもとの姿に戻す、と。 「もとの姿、の定義があいまいだよね。生命は前に進みつづけている。退行したって、意味がないだろうに」    カケルが子供らしからぬ落ち着いた様子で言ったのに、世話係は答えなかった。  強引に話題を変える。 「今日は佳き日です。カケル様の魔導書(アーカイブ)の継承の儀はきっと成功するでしょう」 「ありがとう。ごめん、途中で寄り道しちゃって」    船の外が見られる場所には、めったに行けない。  カケルは記念に見たいと駄々を言って、連れてきてもらったのだ。  後ろ髪を引かれる思いで、その場を後にする。  過去の歴史を記録する司書家に生まれながら、カケルは古く(ほこり)をかぶった遺物に興味はなかった。司書家の跡継ぎとして、数千年の記録を頭に植え付けられる儀式は、できるなら遠慮したい。  それよりも、この息苦しい船から飛び出して、あの蒼い星を自由に冒険したかった。
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