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儀式は、失敗した。
カケルの脳みそは元から出来が良くて、しばしば大人たちを驚かせていたが、出来すぎだったらしい。魔導書を導入する脳領域の規格が通常と異なり、継承は失敗した。
カケルは良い意味でも悪い意味でも、司書家の規格外だった。
「どういたしますか?」
「……子供は、また作ればいい。それに予備もいる」
父親アリトは何の感慨もなさそうに、カケルの脱落を受け止める。
アリトの言う予備とは、カケルの妹フウカのことだろう。
「規格外とは珍しい。後世にサンプルとして残すため、脳だけ取り出しますか」
親類の誰かが、ぞっとするようなことを言った。
反対の声は上がらない。
カケルは背筋が寒くなる。自分の家族が異常だということは、うすうす分かっていた。カケルだけが正常、いやこの世界では異常なのだ。
「処置が決まるまで、待っていなさい」
待つ訳がない。
自室に戻されたカケルは、逃げることにした。
「チルチル、僕の青い小鳥。基幹システム【高天原】にアクセスして」
相棒の思考補助端末を呼び出す。視界の端に浮かび上がる、青い小鳥。仮想世界に接続できているということは、まだシステムにアクセスする権限を奪われていない。
「前に調べた、緊急脱出用の小型艇は、そのままかな?」
『検索結果照合。はい、差分の更新データはありません』
見張りもいない、今のうちに逃げ出そう。
カケルは封鎖されている扉を最上位の権限で強引に解錠し、部屋を抜け出した。
格納庫へ行って、小型艇を引っ張り出す。
小型艇はデータで見るよりも大きく、数人が乗るスペースがあった。二枚の翼を持った三角形の機体で、凹凸の少ないフォルムをしている。
もちろん、幼いカケルに飛行機を操縦する技術はない。自動操縦で、目的地を入力する。
目指すは、竜が棲む星。
「頼む、動いて……!」
小型艇は存外なめらかに動き出した。
自動でハッチが開き、射出口から飛び出していく。
『幸運を祈ります、マイマスター』
青い小鳥が、視界から消えた。
船団のネットワークから切り離されたのだ。チルチルは船団のシステムの中でしか生きられない。カケルの卓越した情報操作スキルも、船団のシステムあってこそだ。
自分は無力な只の子供に過ぎない。
そのことを理解したのは、迫りくる星の表面と、小型艇を追ってくる怪物の姿に気付いた時だった。
「あれが、竜……?」
爬虫類に、コウモリ型の翼が生えた、巨大な生物。
鋼の鱗が陽光を跳ね返して鈍く輝く。あの鱗は、金剛石のように硬く、吐息は溶岩より高熱で、船の外殻も簡単に突き破る。そのせいで船団は、星に着陸せず軌道上で対策を練っているのだ。
「ああ、これが僕に対する処置か」
道理でスムーズに脱出できたものだと、カケルは自嘲する。
脱出しても星に落ちる前に、竜に喰われる。しかし、考えてみれば、当然の帰結だ。怪物だらけの星に降りようなどと、カケル以外の誰も思い付かないだろう。
自殺行為を、誰も止めなかった。
それが、この結果だ。
「死にたくない……っ!」
アラートが鳴り響く小型艇の中、カケルはただそれだけ願って、眼を閉じる。
画面に大きく映し出される、竜のあぎと。
真っ暗になる視界。
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