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 気分が悪くなったと言い訳し、俺はバイトを初めて早退した。自転車を漕ぐのももどかしくスマホを何度もチェックしたが、被害に関する詳細はまだ不明らしい。アパートの部屋に飛び込みテレビの電源を入れる。ニュース番組はどこも同じ地震について報道していて、画面には崩れた建物の映像が延々と流れていた。  飛びつくように、俺はスマホで電話を掛けた。もちろん、フミの実家にだ。 「おばさん、フミがオーストラリアにいるかもしれない!」  おばさんの声を聞いた途端、俺は名乗ることも忘れてスマホに怒鳴った。  さっぱりわけがわからないという風のおばさんは、「どうして知ってるの」と返す。 「ポケットからコインが出てきて……だから、フミはあそこにいるかもしれないんだ!」 「コインって、何の話をしてるのよ」 「だから……」  とても信じてもらえるような話じゃない。しかし実際にフミはあそこにいる可能性があるのだ。じっとしてなどいられない。 「とにかく連絡しなくちゃ。どこだろう、警察? 大使館?」 「あなた、あの子から連絡があったの?」 「そういうわけじゃないけど、でも」 「もう三年も前に行ったのよ。違う所をふらふらしていてもおかしくないわよ」  三年前に、フミはオーストラリアに行った。そのことをおばさんは知っている。 「フミの行き先、知ってたんですか」 「……部屋の中にオーストラリアの本があったから、そうと思っただけよ。それからは知らないわ」  些細な喧嘩だと思っていたらしい。彼の私物を窓から庭に投げ捨てたのは、些細なことなのだと言う。 「いい、あなたも、もう連絡してこないでよ。あの子の物は全部手放したんだし、戻ってくることもないんだから。いつまでも電話を掛けられたって迷惑なの」  おばさんは、フミの物は売れる物は売り、売れない物は捨てたと言った。  あのジャケットは、フミの物だった。巡り巡って俺の手元に現れ、忘れることのない思い出を訴え続けていたんだ。  どうか、無事でいてくれ。床に尻を落とし、俺は立てた膝に額を押し付け、ポケットに入れっぱなしだったコインを握りしめ、ひたすら祈り続けた。
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