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 大地震は火災を引き起こし、災害はなかなか収まる様子がなかった。俺は来る日も来る日もテレビやネットニュースを見続け、彼らしき名前が報道されていないかチェックし続けた。あって欲しくない名前を探すことに、心はぼろぼろにすり減っていった。  店長に顔色が悪いと言われながら何とか仕事をこなし、バイトからの帰路に着く。とても夕飯を準備する気力がなく、帰り道にある喫茶店に入った。閉店時刻の二十時まであと三十分だったが、店員は席を案内してくれた。  頼んだナポリタンが届くのを待ちながら、いつものジャケットのポケットに手を突っ込む。あのコイン以来、フミの物が現れることはなかった。  こんな物、入れたっけ。  手の中のマッチ箱を見つめ、ぼんやり考える。テーブルの隅の小さな籠に、同じ柄のマッチ箱が積まれている。店のロゴと桜の花を描いた古風な一品だ。無意識にこれを取ってポケットに突っ込んだんだろうか。  テーブルを倒す勢いで立ち上がり、俺はレジに駆け寄った。何ごとかと目を丸くする店員に千円札を押し付けながら謝罪する。食えなかった、七百九十円のナポリタン。お釣りはいらないと格好つけた台詞を残し、俺は店を飛び出した。呼び止める店員の声には申し訳ないが無視をした。  きっとまだ近くにいる。必死にあたりを駆けずり回る。フミは同じ店で同じマッチ箱を手に入れた。それが俺の元に現れた。彼は生きている。  交差点の信号が変わり、歩き出す人々の中に、俺はその背中を見つけた。  必死で歩道を走り、点滅から赤に変わる長い横断歩道を一目散に駆ける。明らかな信号無視に、車道の車がクラクションを鳴らして抗議をする。  やかましい音に通行人が振り返り、彼も足を止めて俺を見た。 「フミ……!」  横断歩道を渡り終えた俺も息を弾ませてながら立ち止まり、万感の思いで彼の名前を呼ぶ。  しっかりしろよ。そんな形に唇を動かし、彼は俺に片手を上げて笑いかけた。
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