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12.公爵side
コンコン。
扉がノックされた。
「入れ」
私が声をかけると、執事長が姿を現した。
「旦那様、アザミ様が到着なさいました」
「そうか」
私は立ち上がると、執務室を出る。
そして隣の応接間に入った。ソファーに腰掛けて待っていると、アザミが部屋に入ってきた。
「久しぶりね、キース。元気だった?」
「ああ。アザミの方こそどうだ? 相変わらず忙しそうだが……大丈夫なのか?出産したばかりだろう?」
「今は少し落ち着いているわ」
「なら良いが……無理だけはするなよ」
「ええ。ありがとう。キースには面倒をかけるわね」
アザミは苦笑いを浮かべる。
「それは言わなくていい。私が好きでやっている事だ」
「彼の様子はどう?と言っても昨日の今日だけど……」
「変わりない。朝から、ビブリア子爵家の悪口ばかりだ。メイド長がうんざりしていたぞ」
「彼の対応をメイド長にやらせているの?酷くないかしら?」
「アザミの言いたい事は分かるが、念のためにな」
「まぁ、女性が聞き役の方が男性は口が軽くなると聞くけど……」
「それを見越してメイド長を付けているんだ」
「ふふっ。何も気付いていなかったでしょう?」
「ああ、驚くほどにな」
「思い込みの激しい人だから」
アザミが肩をすくめる。
私も、あの男の自分に都合の良い脳内変換には呆れていた。
『新しい花嫁が老衰した後は自由に結婚はできるだろうし。それまでの我慢だ』
『公爵夫人は今どちらに?ああ、寝たきり状態だろうか。ならば次期公爵の僕がしっかりと支えなければ』
公爵夫人とは誰の事を言っているのか。
事前にアザミから「あの人、公爵家の妙齢の女性と結婚すると思い込んでいるわ。きっと明日以降には自分が公爵家の主だと脳内変換されているはず」という報告はされていたのだが……。想像以上に酷い。
「アザミ、苦労したな」
「そんなことは無いわ。あの人、女遊びで金をつぎ込むけど詰めが甘いし、言っている事が現実と妄想の狭間にいるのよね。だから誰も彼の言い分を本気にしないでしょう?手紙を送ってよこした愛人は兎も角。他の女性達は飽く迄も火遊び程度の感覚だったもの。まぁ、『領主の婿を寝取って御家乗っ取りでも企んでいるのかしら?』とか『うちの子爵家の内情を本当に御存知ないの?』と逆に問い質したら、皆口を揃えてこう言ったわ。『まさか。本気であの男の妻になるつもりはない。ただ、ちょっとした暇つぶしのつもりだった』とか『私の本命は彼じゃない。あの男、色々とプレゼントしてくれて金払いが良かったから』ですって。若いお嬢さんたちは兎も角、私とそこそこ変わらない年代の人達は『あ!』って顔されたわ。昔の事を綺麗に忘れていたみたい。そんなに昔って程でもないのにね」
笑っているが内心呆れているのだろう。
アザミが言うように、風化するには早すぎる。所詮は他人事と思っていた連中達だ。富裕層の女達ではあるが、他家の揉め事を噂として耳にした事がある程度だろう。
子爵家で起こった騒動だ。
元からの住人なら別だろうが、王都から来た商人やその家族、また旅行で滞在していた女達からすれば関係のないものだ。「自分達には関係ない事」「貴族は大変ね」と笑って過ごしていたに違いない。まさか数年後に「以前嘲笑っていた連中と同じ目にあう」とは思いもしなかっただろう。
彼女達がもう少し賢かったら『ビブリア女子爵の婿』の言葉にピンと来たはずだ。
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